• 第5の皿 酸いも甘いも噛み分けて、酢豚

    食べ物の評価の基準のひとつに、白飯との相性、がある。
    いわゆる「おかず能力」というヤツで、料理が持つこのポテンシャルは、
    食事の満足度を大きく左右する。
    私は子どもの時分、おかず能力へのこだわりが特に強かった。
    酒を飲まない子どもにとって、白いごはんと一緒に食べておいしいかどうかが、
    唯一絶対の基準だからだ。

     

    そんなおかず能力に関して、中華料理はなかなか優秀である。
    麻婆豆腐、チンジャオロース、八宝菜、ホイコーロー、鶏のから揚げ。
    いずれも、ごはんが進みすぎて困るものばかり。
    そんな強打者揃いのチャイニーズで、子どもの頃の私が唯一
    「中華のくせに、おかず能力が低い」と断じていたのが、酢豚である。

     

    豚肉が入ってはいるものの、味付けのベースが甘酢。
    「甘い」も「酸っぱい」も、およそ白飯と合う味ではない。
    さらに、酢豚の野菜はシャキシャキ感を残して仕上げるため、
    たまねぎなどの生煮え率が高いのもまた苦手だった。
    何より、おかず能力の低さを決定づけるのが、パインの存在である。
    白飯のおかずに、フルーツを使うとは言語道断。
    缶詰のパインは好きだったが、酢豚に入ったパインだけは許せなかった。

     

    家族も同じ考えだったのか、我が家で酢豚が食卓にのぼることはなかった。
    もちろん、中華料理店に行っても、わざわざ注文することはない。
    だが、子どもは、学校給食で酢豚と出合ってしまう。
    給食は、食べ物の相性より栄養を重視して献立を組むため、
    動物性たんぱく質と野菜がバランスよく入った酢豚は、きっと重宝されていたのだろう。
    好物をあとに取って置くタイプの私は、酢豚が出ると真っ先にそれを片付けた。
    いちばん最初に食べるのは、もちろんパインだった。

     

    そんな子どもも、大人になれば味覚は変わる。
    大好物とは言わないが、いつしか酢豚がおいしく思えるようになってきた。
    私の中でのおかず能力の低さは相変わらずだが、
    大人なら、ムリに白飯と一緒に食べることはない。
    この酢豚、ビール能力は、なかなかなのだ。

     

    酢豚(8皿分)

     

    豚もも肉カレー・酢豚用 150g
    〈下味用調味料〉※肉を10分以上漬け込んだあと、片栗粉をまぶす。
    塩・こしょう各少々、しょうゆ小さじ1、酒大さじ1

     

    たけのこ水煮 1/2本(乱切り)
    しいたけ 4枚(十字切り)
    乾燥きくらげ 少々(熱湯で戻す)
    ピーマン 5個(4cm幅くらいに)
    にんじん 1本(乱切り)
    たまねぎ 1個(4cm幅くらいに)
    パイン缶 輪切りスライス4枚(1枚を8分割)

     

    サラダ油 多めに

     

    〈甘酢ソース〉ケチャップ・パイン缶のシロップ・黒酢各大さじ3、砂糖・しょうゆ各大さじ1、塩小さじ1

     

    1. 刻んだたまねぎとにんじんをレンジ500Wで3分加熱する。
    2. 下味を付けた豚肉をフライパンで炒め、取り出しておく。
    3. 野菜とパインを焼き目が付くまで炒める。
    4. フライパンに2を戻し、和えておいた甘酢ソースの調味料を入れ、弱火で5分煮る。

     

    豚肉を揚げずに済ませる、手抜きな酢豚であるが、
    「目隠しテストで全員が(以下略)」という味に仕上がる。
    たまねぎは、シャキシャキした食感を楽しみたいならレンジ加熱は不要。
    私は、生っぽい野菜が嫌いなので、1種類ずつ火を通す。
    さらに、甘酢ソースを炒め合わせるだけでなく、ちゃんと煮るので、
    具材にしっかりと味が入り、食感はやわらかだ。

     

    それにしても、自ら酢豚を調理する日が来ようとは、我ながらビックリだ。
    パインも、果肉はもちろん、缶詰の汁まで活用する。
    甘くて酸っぱいパインは、酢豚の味を決める「Mr.酢豚」的な存在。
    パインが入らなければ、それは酢豚とは言えないのではないかとさえ、最近では思っている。

     

  • 第4の皿 セイシュンのツナとなめたけのパスタ

    私は、苦学生だった。
    学生の身分を維持するには月々の生活費を捻出する必要があり、
    そのため大学にはあまり行っていなかった。
    まさに本末転倒であるが、単に学業が好きじゃないから行かなかった事実もあり、
    学ぶのが苦痛な生徒という、間違った意味での「苦学生」だった側面は否定できない。

     

    アルバイトは、雑誌で見つける。
    当時は学生向けのアルバイト情報誌が、よく売れていた。
    テレビCMも数多く作られていたから、現在とは隔世の感がある。
    そんな雑誌の中に、アルバイトに励む貧乏な学生向けに、
    安価な食材を使ったレシピを紹介する連載があった。

     

    その中のひとつに、「つなめたけごはん」という料理があった。
    研いだお米の入った炊飯器に、ツナの缶詰と、なめたけの瓶詰の中身をあけて
    そのまま炊き込むという、極めてシンプルなレシピ。

     

    しかし、これはうまかった。
    味付け不要で炊き込みごはんができるのは、
    ひとり暮らしの貧乏学生にとって、ありがたい。
    もっとも、ツナ缶となめたけ瓶だけなのに、
    それですら「たまのぜいたく」という位置づけだったのは、切ない話ではある。

     

    この、つなめたけごはんは、まだ料理をしていない頃の私の
    数少ないレパートリーとして長年にわたり君臨した料理である。
    後年、料理をするようになって、まず最初に試みたのが、
    この料理のパスタメニューへの変換だった。
    ただし、ゆでたパスタにツナ缶となめたけ瓶を混ぜ合わせただけでは、
    たぶんあまりうまくない。
    いや、そこそこ、うまそうな気もするが、これではレシピとは言えない。
    試行錯誤の末、完成させたのが以下のレシピである。

     

    ツナとなめたけのパスタ(2人前)

     

    長ねぎ 1本(みじん切り)
    ツナ缶 1缶
    なめたけ(減塩) 1瓶

     

    パスタ  160g

     

    オリーブオイル 大さじ2
    白ワイン 大さじ2

     

    1. フライパンにオリーブオイルを熱し、長ねぎをじっくり炒める。
    2. ツナ缶となめたけ瓶をフライパンにあけ、白ワインを入れる。
    3. 表示時間より少し短め(6分表示なら5分半)にゆでたパスタをフライパンで和える。

    水気が少なすぎるようなら、パスタのゆで汁も少し足す。
    味に物足りなさを感じたら、塩ではなく、しょうゆを少量加えるとよい。

     

    長ねぎさえ入れなければ、保存食だけでまかなえるので、
    買い物に出たくない時に重宝するのだが、
    長ねぎの有無が味を大きく左右するので、ここは譲れないところだ。

     

    なめたけの甘みが限りなくやさしい、
    和風、まさに和み風と呼びたいパスタである。

     

  • 第3の皿 カゴウさんのビーフシチュー

    初めて味わった洋食は、ビーフシチューだ。
    本当は他のものだったかもしれないが、
    最も古い記憶にあるのは、この料理である。

     

    幼稚園児の私は、祖母に手を引かれ、渋谷からバスに乗った。
    細い路地を縦横に縫って走るバスに揺られること30分、下りた先は世田谷の上町(かみまち)。
    閑静な街にたたずむ瀟洒なマンションの1階に、祖母の友人が住んでいた。
    加々尾(かがお)さんと言う女性なのだが、
    祖母はずっと「カゴウさん」と呼んでいて、
    当人も確か電話口では「カゴウです」と名乗っていたはずだ。

     

    玄関で出迎えてくれたのは、品のよい老夫婦。
    夫人とともに現れた旦那さんは、ダンディではあったが、
    来客にも関わらずガウン姿で、あいさつを済ませるとすぐ奥に引っ込んでしまった。
    その後、夫人と祖母がおしゃべりに興じている応接間に、よい香りが漂い始めた。

     

    子どもはいないが旦那さんをパパと呼ぶ夫人によると、
    パパの趣味は料理で、それゆえに自分は一切厨房に立たないのだと言う。
    私は子供心にも、軽く衝撃を覚えた。
    「一般家庭で男性が料理を担当する(かつ、女性が料理をしない)」という、驚き。
    現代ではともかく、1970年代前半の話である。

    やがて、やっぱりガウン姿のパパさんが奥から運んで来たのは、ビーフシチューだった。
    小たまねぎや面取りしたにんじんなど、具材も本格的だったので、
    今にして思えば、市販のルーではなく、ソースから手作りしていた可能性が高い。

     

    この日のことは、記憶のはるか彼方に眠り続けていたが、
    料理をするようになった近年、よく思い出すようになった。
    今やパパさんは、私の晩年のイメージモデルである。
    ガウンを着るかどうかは、まだ決めていない。

     

    ビーフシチュー(8皿分)

     

    牛すね肉シチュー用 800g(一口大に切る)

     

    たまねぎ 2個(みじん切り)
    セロリ 1本(みじん切り) ※葉は除く
    にんじん 1本(みじん切り)
    ブラウンマッシュルーム 1パック(スライス)
    にんにく 2かけ(みじん切り)

     

    オリーブオイル 大さじ2
    赤ワイン 750cc

     

    〈A〉
    トマト水煮缶 1缶
    赤だしみそ 大さじ1
    しょうゆ 小さじ1
    ココアパウダー(無糖) 大さじ2
    ローリエ 4枚
    ローズマリー 小さじ1
    タイム 小さじ1

     

    ドライパセリ 少々

     

    1. 牛肉を切って、塩、こしょうと薄力粉(いずれも分量外)を振り、10分置いてなじませる。
    2. オイルを引いたフライパンで肉に焼き色を付けてから鍋へ移す。
    3. 刻んだ野菜をフライパンでとことん炒め、赤ワインを注いで強火で5分ほど煮立たせてから、鍋にあける。
    4. 鍋に〈A〉を入れ、ふたをしてとろ火で最低3時間以上煮る。器に盛りドライパセリをかける。

     

    「カゴウさんの」と言っておきながら、デミグラスソース+ゴロゴロ野菜が入った
    正統派のパパさんシチューとは、たぶんかなり異なる。
    バターも薄力粉も使わず、みそだのしょうゆだのと本格にはほど遠い調味料も入るが、
    「目隠しテストで全員がビーフシチューと認めました」という味に仕上がるから、不思議である。

     

    刻んだ香味野菜とともに、深いコクを作り出すのは無糖のココアパウダー。
    インスタントコーヒーやチョコレートでの代用も可能だ。
    チョコレートを使う場合は、無糖もしくは低糖で、カカオ分が高いものを選ぶこと。
    赤ワインをボトル1本使うが、買う店の最安値のもので十分である。

     

    ビーフシチュー

  • 第2の皿 1995年のキャロットサラダ

    今から15年ほど前、フランスに出張したことがある。
    パリから300kmほど東に離れた、ドイツ国境にほど近いロレーヌ地方の都市・ナンシー。
    食品工場とその周辺の取材だった。

     

    アール・ヌーボー発祥の地であり、チーズとベーコンのタルト「キッシュ・ド・ロレーヌ」でも知られるが、
    街の中心を少し外れると、どこにでもある普通の地方都市。
    この小さな街で、一般家庭の夕食風景の撮影に立ち会った。

     

    家庭料理とは言え、そこはフランスの晩ごはん。
    さぞやバターと生クリームたっぷりで…と思いきや、極めて質素。
    チーズにバゲット、くるみ、サラダ、ワインだけで、温かい料理がない。
    これが平均的な晩ごはんだと聞かされたのには驚いたが、
    毎日食べる家庭料理では、塩分や脂肪分も控えたいし、
    そうそう手間も掛けられないのだろう。

     

    訪問した一般家庭では取材だけだったが、
    滞在中のランチは、取材先の社員食堂で毎日ごちそうになった。
    鶏のホワイトソース煮や魚のムニエル、温野菜など、
    きちんと湯気が立っている料理が大皿に盛られ、
    1人ずつ取り分けていくという、着席式のビュッフェのようなスタイルだった。

     

    そこで毎回必ず並んでいたのが、にんじんのサラダである。
    もともとあまり好きではなく、生などはもってのほか、と思っていたにんじんだったが、
    このサラダならいくらでも食べられる。
    しっかりマリネされて生っぽさがなく、えぐみもないどころか、甘みすらある。
    「さすが農業国だ」と讃えつつ、毎日よろこんでいただいた。

     

    当時は自分で料理などしなかったし、本場フランスならではの味と思い込んでいたので、
    にんじんサラダとの縁もこの時限りだったのだが、再現は思いのほか簡単だった。
    旅の思い出の味は、今やデイリーフーズとなってしまったが、
    誰もが手軽に作れてこそ、家庭料理として価値があると思う。

     

    キャロットサラダ

     

    にんじん 1本(せん切り=あれば、せん切り器で)
    塩 少々

     

    オリーブオイル 大さじ2
    白ワインビネガー 少々
    粒マスタード 大さじ1
    黒こしょう(粗びき) 少々

     

    ケッパー(酢漬け) 大さじ1
    レーズン 大さじ2
    くるみ 1つかみ(砕く)
    ゆで卵 2個(くし切り=縦方向に4つ割)
    ドライパセリ 少々

     

    1. にんじんをせん切りにして塩を振り、10分後に水気をしぼる。
    2. 1とケッパー、レーズンを調味料と和え、冷蔵庫で味をなじませる。
    3. くるみをフライパンで乾煎り、もしくはアルミ箔に載せてトースターで1分加熱する。
    4. 2を皿に盛り、ゆで卵を載せ、ドライパセリを振りかけて、3を周囲に添える。

     

    ワインが非常によく進むこのサラダ、そのまま食べるのはもちろん、
    バゲットやクラッカー、ラスクなどに載せたり、ロールサンドの具にしてもいい。
    カマンベールなどのチーズも添えれば、気分はもうフランス人。
    体内を流れる血がワインに変わるのも、そう遠い日ではないはずだ。

     

    このサラダを「お惣菜用プラスチック容器」に詰めてみよう。
    どこから見ても「デパ地下のデリ」だ。
    日常食べる分にはケッパー以下の具材はなくてもOKだが、
    すべてを揃えると、付け合わせの域を超えた、メインを張れるサラダが完成する。
    ことに、ゆで卵やくるみとの相性は、抜群である。

     

  • 第1の皿 シズルの極み、カレーヌードル

    誰もが空腹を抱える夜のオフィスで静かな注目を集めるのは、
    どこかの席から漂い出す夜食の香りだ。
    食欲が刺激される食べ物はいろいろあるが、
    私が認定する破壊力No.1フードは「カレーヌードル」。
    カップ麺にカレーの具が載った、アレである。

     

    なにしろ、匂いの発信力が抜群だ。
    揮発したスパイスがまき散らす香りは、
    人をたちまちエスニックな世界に引きずり込む。

     

    さらに悩ましいのは、音だ。
    麺をすする「ズルズルズルッ」という響きは、
    遠くからでも実によく届く。

     

    シズル感という、我が業界から広まった言葉がある。
    肉が焼けて汁がしたたり落ちるさま〈sizzel〉から、
    食欲をそそる表現全般を指すのだが、
    深夜の広告会社は、今やリアルなシズル感でいっぱいである。

     

    だいたい、カレーもラーメンも、
    これが嫌いという人に出会ったことがない、国民食の双璧。
    ピンで勝負できるこの両者が、
    組む必要もないのに合体するというのだから、
    逆らえるわけがない。
    そのうえ、ユーザー自身が匂いと音で
    強力なデモンストレーターと化すのだから、始末が悪い。
    つくづく、すごい発明だと、あきれる限りである。

     

    さて、当コラム。何を思ったか料理に目覚めたコピーライターが、
    広告アタマを活かしたり活かさなかったり、
    そもそもそんなアタマがあるのか疑われたりしながら
    編み出したレシピを紹介していく。
    今回のカレーヌードルは、通常のカレーには見られない、
    あのキュービックな具材がポイントだ。

     

    カレーヌードル(2人分)

     

    豚ひき肉 50g
    片栗粉・しょうゆ・こしょう 各少々(お好みでおろしにんにくも)
    ごま油 少々

     

    じゃがいも 1/2個(1cm角切り)
    たまねぎ 1/2個(粗みじん切り)
    にんじん 1/4本(1cm角切り)
    しいたけ 1枚(1cm角切り)
    いんげん 2本(1cm幅切り)

     

    サラダ油 少々
    白ワイン 大さじ2
    コンソメの素 1/2個(固形なら刻む)
    カレー粉 小さじ1
    片栗粉 小さじ1(水大さじ1で溶く)

     

    生中華麺 2玉(あれば平打ち麺を)
    市販のスープの素 2袋
    熱湯 1000cc

     

    1. 豚ひき肉に片栗粉、しょうゆ、こしょうを振り、
      包丁で叩きながら1.5cm角のダイス状に成形し、
      ごま油を引いたフライパンで焼き目が付くまで
      しっかりと炒め、取り出しておく。
    2. フライパンにサラダ油を引き、刻んだ野菜をよく炒める。
      白ワインとコンソメの素を加えてアルコール分を飛ばす。
    3. 1を戻し、カレー粉を混ぜてから火を止め、
      水溶き片栗粉でとろみを付ける。
    4. 丼に熱湯を入れ、スープの素を溶かしておく。
      鍋で生中華麺をゆで上げて丼に入れ、具を手早く載せる。

     

    お湯を沸かして3分待てば食べられるカップ麺を
    わざわざ1時間かけて作る、なんともスローなレシピだが、
    この「リアル」なカレーヌードルには、
    フリーズドライとはまた違ったおいしさがある。

     

    袋入りインスタントラーメンでもたぶんおいしく出来るが、
    味の違いがよりはっきりわかるので、生ラーメンを推奨。
    スープは、塩味が合うと思うが、しょうゆ味でもよい。
    食べ始めは単なる「ラーメンのカレー載せ」だが、
    次第にスープと具材が混ざり合い、
    「カレーヌードル」になっていくので大丈夫。
    野菜は、そのままでも食べられるところまで炒めないとうまくない。
    特にじゃがいもはじっくり火を通して、フライドポテト状にしておくこと。

     

    このカレーヌードル、
    街のラーメン屋のメニューにあっても、そこそこウケるはず。
    それくらいの味である。