• やさしい人

     

    前回、突然の報告で驚かれた方もいると思いますが、

    コピペは令和2年目を前に終わることになりました。

     

    この終わりはネガティブな意味ではなく、

    コピー部で新たな挑戦を始めるための、前向きな決断です。

     

    わたしは2年前のリニューアルから参加したので、

    10年のコピペの歴史で見たら1年半ちょっと

    という短い期間でしたが。

     

    とりとめもなく自分の趣味やエンタメなどについて書いておりましたが、

    唯一の自分ルールは1,500文字以上書くこと。

     

    ある程度の文章量がないと読み応えのある起承転結が書けないのでは?

    と思ったからというのは半分そうで、

    もう半分は自分がテキトーに短い文章を書いてさぼらないためです。

     

     

    わたしが日記という自己完結なものではなく、

    ソーシャルな場で文章を公開するようになったのは

    中学生のときに始めたアメブロ。

     

    高校生になってアメブロをやめて、

    大学時代にまた書きたくなって

    始めたのはFC2ブログ。

     

    大学4年のときにログインしようとしたら、

    パスワードがわからなくなって

    それから一生入れなくなったけど

    たぶんひそかに息してる。

     

    そんなブログで書いていたことが違う形で復活した、

    コピペはそのような存在だったかもしれない。

    覚えている限り、アメブロやFC2ブログでは

    自分が一方的に発信して、たまにお気に入りをもらうくらいだったと思う。

    (コピペも大概そうではあるのですが)

     

    人気ブロガーでもない自分にとって、

    そこで人と人とのコミュニケーションは発生しない。

     

    見ず知らずの他人が書いた文章にコメントを残す

    というのはハードルが高いし、ファンでもないならなおさら。

     

    コピペは人前に出しているコンテンツではあるけど、

    基本的には社内向けのとてもクローズな場所。

    読んで感想をくれるのも会社の人。

     

    今月のコピペ読んだよ、と言われると

    照れながらもうれしいと思っていました。

    ブログを書いていた時には、得られなかったもの。

    自分が作ったものに直接的に反応をもらえる、というのはありがたい。

    いいねボタンで表現される感情が増えた今、一層感じる。

     

     

    同じような経験が今までにもあって

    もうほとんど思い出せないけれど、

    中学生のときに国語の授業で書いた短歌か何かを、

    クラスの女の子が指名して良いと言ってくれたこと。

     

    今となっては目も当てられないけれど、

    親友の妹がわたしの中学生の卒業論文を見て、

    わたしもこんな文章が書きたい、と言ってくれたこと。

     

    自分はどんなことを書いていたのか

    覚えていないことが多いのだけど、

    反応をもらったことは妙に覚えている。

     

    自分が頑なに総合職や営業職を選ばず、

    コピーライターという軸で就職活動をしていたのは、

    きっとそのため。

     

    自由に表現した場で、それを人が見る、反応してくれる

    わたしにとってこんなに理想的なコミュニケーションはありません。

    だけども、それも見てくれる人がいないと成立しません。

     

     

    2020年、我々は情報爆発時代にいます。(突然!)

    世の中には130兆のウェブページがあるといわれています。

    年間検索回数は、1年に2兆回。

    1時間あたり2億2800万件、1分あたり380万件、

    1秒あたりでも6万3000件検索されているのです。

     

    天文学的な数字ですね。

     

    この数字が何を示すのかというと、

    99パーセントの情報は誰にも届かずに消えていく

    ということです。

     

    そう考えると、この99%の中にさっそうと飲み込まれているであろう、

    わたしの文章がみなさまに読まれ、感想を言ってもらえるって超ラッキーですね!

    しかも、140文字くらいでコミュニケーションしている時代に、

    1,500文字の長文を読んでもらえる。

     

    そんな出会いに感謝…みたいな幼児プールよりも

    浅いセリフを言ってしまいそうになります。

     

    実は、リニューアル時に

    コピペのタイトル下にあるリード文を、

    書かせていただきました。

     

    読んでくれる君はきっとやさしい。

    いいことあるよ、たぶん。

     

    最後にこの言葉の通り、

    読んでくださったみなさまに良いことがありますように。

     

    おわり。

  • たまには開けてみる。

     

    「職業柄、世の中のトレンドは把握しておくべきだと思うから。」

    というのは半分建前で、社会人になってから映画館に行く頻度が増えた。

     

    先月は、アカデミー賞を総なめした「パラサイト」を鑑賞。

     

    ネタバレしない程度に言うと、韓国の格差社会が描かれており、

    その舞台が、“半地下”の住居での暮らしだ。一家は極貧で、

    お金を稼ごうにもまともな職に就くことすら難しい生活を送っている。

     

    実際に韓国で起きていることなのだが、

    デリバリーのピザ屋ですら働けないというのは驚いた。

    言ったら働いている人に失礼だが、正社員ならともかく、

    アルバイトであれば大抵は雇ってくれるであろうものと、

    人手不足の日本に住んでいる感覚だと思ってしまう。

     

    貧困のスパイラルは簡単に脱せない、と映画を見終えて強く感じる。

    このような感情を感じるたび思い出すのは、

    大学生時代にアルバイトをしていたコールセンターのこと。

     

    私は、クレジットカードの督促業務に携わっていた。

    簡単に説明すると、カードの引き落としがかからなかった人に

    お金を振り込んでください、と電話をかけるホワイトで健全なウシジマくんである。

     

    大抵の人は、数日後にちゃんと入金するので問題はない。

    が、毎月引き落としのかからない常連の方もいる。

     

    私は、“そういう人”に電話をかけていた。

     

    これを延滞者と呼んでいて、1カ月遅れている人は延1、

    2カ月遅れている人は延2と言い、最大で延4まである。

    その先はもうお手上げ案件なので関わらない。

     

    9割の電話は誰も出ない。

    みんな督促の電話だと分かっているからだ。

    まれに出ることがあって、そのときは大抵、揉める。

     

    「銀行にいつ行けるか分からないんですよねー」とごまかす人もいれば、

    「今週中になんとかします」と誠意を見せる人もいれば、

    「払えないって言ってんだろ!」と逆ギレする人もいれば、

    「今日明日は厳しくて…今月まで待ってくれない?」と媚びる人もいる。

    電話の相手が怒鳴り狂った日には、1時間近く電話を切ることができない。

     

    「払います。」と口では言うのだが、嘘だとすぐわかる。

    常連の方は、給料日が入っても家賃を払って残りを生活費に当てるので、

    数万でもクレジットの残債を払う余裕がない、と知っているから。

     

    (こうやって書くとブラックなアルバイトをしているように

    思われるかもしれないが、先ほども言ったように9割は出ないので、

    トラブルなく平穏に業務を終える日の方が多い。)

     

    ある日、電話をかけながら「頑張れば返せそうな額なのに」

    と隣にいる社員さんに呟いたことがある。

     

    そうしたら、

    「こういう人は、他にも借りてるんだよ。総額で見たら、こんなもんじゃない。」

    と言われた。

     

    ゾッとした。

    うちでは数万ほど借りている人が、

    他のカード会社と合わせるとその何倍も借金していたりする。

    わたしが見ていた数字は、氷山の一角にすぎなかった。

     

    そう考えると、利子がついていくこのお金たちが、

    簡単には返せないことを学生ながらに理解した。

     

    マイナスの生活をゼロに戻すのは、想像以上に難しい。

    大変だと同情しつつも、“そういう人”たちと接する中で

    心の中では「こういう人にならなくてよかった。」「自分はまともだ。」

    と安心している自分もいた。

     

    そして、そのような感情はあまり長く感じたくないとも

    アルバイト帰りによく思っていた。

     

    “そういう人”にきれいじゃない世界を見せられている気がするし、

    覚えなくていい感覚とか感情を教えられている気がするし、

    何より自分が“そういう人”になる可能性が0ではないのだと考えさせられるからだ。

     

    パラサイトは、リアルながらもそういう一面を面白くエンタメに昇華している。

    でもやっぱり、観たあとに普段は考えなくてもいい社会の闇が片隅に残る。

     

    だけど、知らないより知っていた方がいいではないか。

    意識が高い人を見て身が引き締まるように、

    “そういう人”を見て自分の生活を、自分のきれいではない感情を、

    自覚して見つめなおす瞬間も必要だろう。

     

    「臭い物に蓋をする」というが

    たまには開けて匂いを自ら嗅いでみたほうが、

    平和ボケ防止になるのではないか。

     

    気がつけば、長々と映画の宣伝を書いてしまったような気がする…。

    次回はコピペ最終回です。

     

    映画に出てきたチャパグリ、病みつきになる味。

     

    おわり。


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  • 花の呪い

     

    みなさま、あけましておめでとうございます。

     

    9連休を認識しないまま仕事が始まったと思うのですが、

    これは年末から年始にかけて時空が歪んでいたということで合っていますか?

    (???)

    まだ、正月ボケしているようです。気を改めて、新年のコピペを。

     

     

    12月、部屋に花を飾ることにした。

    小学生のとき、実家のベランダに茶褐色の植木鉢があって

    母が植物を世話していたが、おそらくその時以来のそれだ。

    今回は植えるのではなく飾るので、もっと簡単だけれど。

     

    当時のわたしは花の世話など興味がなくて、

    たまに母から水やりを頼まれると面倒だな、と思った。

     

    そんな自分が花を飾りたいと思ったのは、

    おそらく写真を撮るようになった影響が強い。

    撮ると言っても、一眼レフとかではなくてiPhoneで撮る程度だ。

     

    ここ数年、北海道や秩父のような旅行先から、

    道端や公園に咲いている花を見かけては

    カメラロールに収めることが多くなったのだ。

     

    “花は綺麗”という当たり前のことを実感して、

    花を飾ろう、そう思ったのだ。

     

    だが、花屋には行かなかった。

    定額払えば自宅に花を届けてくれる

    お花の定期便なるものを利用することにした。

     

    そのサービスでは花を自ら選ぶのではなく、

    季節や値段などの条件から提携の花屋さんが毎度見繕ってくれるのだ。

     

    ひまわりとか桜のような日本人なら誰でもわかる花は知っているが、

    呪文のようなカタカナ表記の種類はよく分からないので、

    選んでくれるなら丁度いい、と思った。

     

    12月中旬、初めての花が届いた。

    平日の日中に配達されていたので、

    帰宅すると宅配ボックスに置かれていた。

     

    少し厚紙の包装紙を開けると、

    長い旅路に疲れたのか、ぐったりしている花が顔を出した。

    深夜に帰ったこともあり、何時間放置したままだったろう、

    と申し訳ない気分になってさっそく花瓶に生けることにした。

     

    はじめて知ったのだが、

    水を入れてそのまま差すのではダメらしく、

    一度根元を思いきりはさみで切る必要がある。

    そうすると、花が根から勢いよく水分を吸い上げるのだ。

    そして、付属の栄養剤を水に溶かし、花をさす。

     

    最初は葉が下を向いていたが、

    しばらくするとちゃんと太陽のある方を向いて

    元気に花開いていた。

     

    まさに生き返ったような花の姿にとても感動した。

    大切にしたいという気持ちが芽生えた。

    しまいには、「よかったね~」と話しかけているではないか。

     

    アニメやドラマで出てくるいつも学校の花壇を

    世話している優等生の子になれたような気分だ。

     

    そして何より、花を飾ると部屋の雰囲気が全く違う。

    インテリアとしてとらえるならば、部屋の一部が変わっただけだが、

    無機物なものに囲まれた部屋に急に自然のものが入ったので、

    部屋の空気全体に生命が宿ったような、目には見えない活気がある。

     

    花のある生活はこんなにも素敵なのか!

    とさらに気持ちも明るくなった。

     

    花を買ったからには、1つ任務がある。

    できる限り毎日水を変えてあげることだ。

    最初は小学生の頃と同じく面倒だと思ったのだが、

    自分にとって意外にも良い作用をもたらした。

     

    毎日水を変えるついでに、溜まっていた洗い物をしたり、掃除をしたり。

    花の置かれている部屋をできるだけ清潔に保とうとする自分がいるのだ。

    不思議である。

     

    逆に考えると、花をどうでもよく放置し始めたら

    私の生活が荒んでいるというサインになるかもしれない。

     

    生き物を愛でるという点では

    ペットのような動物も同じではあるが、

    きれいにしようとする行為は植物ならではのような気がする。

    丁寧な暮らしを無意識にしようとしている。

     

    なんとなく始めたお花の定期便。

    思ったよりも自分の生活に呪い(まじない)のような効果を与えている。

    多少のお金はかかるが、2020年は花のある生活を続けてみようと思う。

     

     

    おわり。

  • やらないことリスト

     

    1年間の総集編が脳内で流れる季節が来ました。

    みなさま、2019年はハッピーに過ごせましたでしょうか。

    年末に近づくと同時に、自分の生誕祭も近づいてくるので

    「今年やり残したことはあっただろうか」と、ふと考える時間が増えます。

     

     

    私のスマホのメモ帳には、気になるものを書き留めておくページがある。

    いわゆる、やりたいことリストのようなもので、

    人からおすすめされた本、映画、音楽、お店などなど。

     

    それとは別に、ツイッターアカウントのいいね欄は、

    気になるイベントや新発売の化粧品やグルメ情報が載っており、

    忘備録のような役割を果たしている。

     

    またさらに、Youtube(毎回出てくるな)では、“後で見る”リストがあるし、

    アマゾンプライムには、映画のウォッチリストがある。

     

    こうして、さまざまなツールを通して、やりたいことリストは増えていく。

    そしてこれらの半分くらいは、実際に見ることなく、行くことなく、一定期間を過ぎると

    そっといいねを外している。もしくは、そのままリストに入ったまま時がたつ。

    そうなると、むやみにメモをしたり、いいねをしないほうがいいのでは?と慎重にもなる。

     

    そもそも、以前はこんなに気になるリストもやりたいことリストもなかったはずなのに、

    今では毎日増えていく。いいことではあるが、自分で作っておきながら

    いざ実行しようとなるともうお腹がいっぱいのような「また今度にしよう」

    そんな気分になって、先延ばしになることも多い。

     

    これが情報社会の弊害、「情報過多」っていうやつかもしれません。

    SNSを開けば毎日、誰かが何かをおすすめしていて、それがバズっている。

    だけど我々の1日24時間という限られた時間は1秒も増えない。

    むしろ、そのSNSのアプリを開いて、囚われている時間でむしろ減っている。

    入ってくる情報量と実際に実行する時間が全く見合っていない、そう思います。

     

    現代人だからこそ、やりたいことはすぐにやらないと。

    やりたいことリストは、一生やらないことリストになってしまう。

     

     

    似たようなことを、「人生がときめく片づけの魔法」でお馴染みのこんまりこと、

    近藤麻理恵さんの話で思い出しました。

    NHKの番組に出演した際、彼女はこう言っていました。

    「(モノを)捨てられない理由は2つしかありません。過去への執着と未来への不安です。」

     

    例えば英語を勉強をしようと思って買った参考書。いつまでも手をつけずに家に放置されているとしたら、それは、参考書を捨てられないのではなく、いつか自分は英語ができるようになるかもしれない!という期待を捨てられないのだと。

     

    やりたいことリストは、まだやっていないことなので、過去への執着ではありませんが、この未来への不安(=期待)にとても似ていると思いました。

     

    いつかここに行こう、いつかこの映画観よう、いつかいつか…

     

    すぐにやっておけるなら何も問題ありませんが、忙しい現代人にすべてのリストをこなす余裕はないとも思えます。

    たまには、いいねをする前に「ほんとうに?」とちょっと立ち止まってみたり、

    リストの断捨離をしたほうが本当にやってみたいことが見えてくるのかもしれません。

    逆にやらないことリストを作ってみる、というのもありかもしれません。

     

    皆さんも年末の大掃除と一緒に、やりたいことリストを整理してみてはいかがでしょう。

     

    私はやりたいことリストの1つ、

    吉田ユニ展に行けたので満足です。

     

    おわり。

  • 「2年前のコメント」

     

    ライブの休憩時間。

    スタジオでサークルの先輩と後輩がマイクを持って何やら言い合っている。

    大学生のときブームになっていたフリースタイルのラップだった。

    傍から見て韻を踏んでいるのはおろか、ちゃんと罵り合っているのか分からない対決だったけど、即興ギターのメロディとドラムのリズムに乗せてラップをしていた光景は今でも覚えている。

     

     

    それがきっかけなのか、後々(ゆとりおなじみの)youtubeで見たらカッコよくてハマっていた。にわかのにわかではあるけど、ラップは好きで先日アメトークで「ラップ大好き芸人」を見たらその熱が再燃した。

     

    番組を見終わった後も余韻に浸っており、youtubeで人気のバトルや、番組内で紹介された回を探して「なるほど、これはそういうシーンだったのか!」と2度楽しんでいた。

     

    そうしているうちに、前に見たことがある動画に当たり、偶然にも2年前に自分が書き込んだコメントを見つけたのです。

     

    「あ、こんな書き込みしてたんだ」と完全に記憶からは消えていたけど、

    何よりもグッドボタン(いいね!のようなものです)の数が300以上ついていて驚いた。

    今でもたまにコメントを書き込むが、こんなに高評価がついたのは初めてだ。

     

    私の偏見上では、グッドボタンは新着の書き込みや大喜利要素強めのコメント、

    もしくは動画の内容を汲み取ってわかりやすく意見を書くと高評価がつきやすい、気がする。

    そう考えると、2年前に自分が書いたコメントは超普通で。

    ざっくり言うと「ラップってかっこいいですね!」という新参者感溢れんばかりの内容だったので、ラップ好きの人からしたら「そりゃそうだろ」ってコメントだったと思うのです。

     

    ですが、実際には違うのです。

    多くの人がグッドボタンを押して、「それ分かる!」って共感してくれたのです。

    2年越しに見たコメントになんだか感動しました。

     

     

    実は前にも似たような体験があって、そのときはあややの動画を見ていたのですが(なぜあややかというのは置いておいて)、おすすめでハロプロ動画まとめが出てきまして(同じ事務所だからね)。

    見たんですけど、そのときの衝撃たるや。こんなに歌が上手くて、踊れて、かわいいアイドルたちがたくさんいたなんてー!ってまさに雷打たれたんです。

    思わず、「ハロプロってこんなにかっこいいんですね!」とまたまた新規感満載のコメントをしたのですが、思った以上にグッドボタンがついたんです。

     

    ガチファンの人って怖いイメージが強かったので、意外と初心者に優しいんだってほっとしました。でも、それはラップもハロプロも共通して、日陰の時代がある程度長くあったからこそのウェルカムなやさしさだったのではないかと。

     

    今でこそ、フリースタイルのラップもテレビで見るシーンは多いけれども、それまではアンダーグラウンドというか、知っている人だけが知っている狭い世界で。

    アイドルを比較するのは好きじゃないですが、ハロプロもAKBグループの人気の影になっていたと思うし、母体こそ知られていても世間の注目が多かったとは言えない。

     

    そういうどこかで、もっと陽の目を見てほしい!という愛するファンの人が多かったからこのグッドボタンがついたんじゃないか、と300くらいついたいいねを見て思ったのです。(勝手な想像ですが)

     

    炎上も多いし、心無いコメントも絶えないSNSですが、こういう側面はすごく素敵だなと感じました。グッドボタンくれた人、どこかの知らんおっさんかもしれないけど、全員ハグしようぜ!っていうLOVE&PEACEな気持ち。

     

     

    そういえば、ラップバトル見てると出演者もお客さんも男性しかいないというくらい男女比が分かりやすいのですが、女性でフリースタイルのラッパーっていたことあるのかしら。という素朴な疑問。写真はうどん。

     

    おわり。