• ゆとり終わるってよ。

    新元号、ついに発表されましたね。「令和」。

     

    いいじゃん!かっこいいね!

    これから生まれてくる子は「令」って名のつく子が多そう!

    100年後の学生、テストで昭和と令和間違えそう~

    とか、一通りの世間話をして満足している平成生まれゆとりです。

     

    次の元号になる頃にコピペを書いているかわからないので、

    ここぞとばかりに新元号の話を書きます。

     

     

    時代が変わる瞬間って、人生でそう何度も立ち会えるわけではないと

    思うのですが、4月1日はまさにそういう日でした。

     

    朝からテレビでは新元号の話題で持ち切り。

    新橋駅を降りると、SL広場前には人だかり。

    その光景を写真・動画におさめる人たち。(さらにそれを撮る私)

    交差点ですれ違う人も、スマホを気にしながら早歩き。

    会社では、業務の傍らパソコンやスマホで中継ライブを見て…ましたよね?

     

    お祭り感というか、当たり前ですけど本当にビッグイベント。

    いつもはエイプリルフールネタで、誰が洒落た嘘つけるかな~

    なんて傍観していましたが、今年は新元号(令和)大喜利フィーバーで。

     

    私の中では、大学の入学式以来のワクワクとウキウキでした。

    毎年新元号発表してほしいと思いましたね。(←?)

     

     

    有識者懇談会に林真理子氏が参加すると知ったときは

    言葉のプロ中のプロが!とテンションが上がったのですが、

    冷静に考えてそんな大役を任せされる責任すごいな、と。

     

    3月末に会社に来ていた学生の子が、

    「全国のコピーライターから案を募集すればいいのに」と言っていて

    おもしろいアイディア~!参加したい!なーんてそのときは思っていましたが、

    今考えてみると、考案するまではいいとして、運よく候補に挙がったときのその重みたるや。

     

    周りの反応を見る限り、「令和」って好評なのですが

    きっと人によってはしっくりこない、とかダサいとかDQNっぽいとか

    ネガティブな意見もあるわけで。

     

    時代を担っていく言葉だし、世論に負けたら死ぬまでついて回りそうなことです。

    今で言うと炎上してしまったときに、広告みたいに掲載中止とかできないわけじゃないですか。

    考案者は明かされていませんが、矛先がはっきりしなくていいと思いました。

     

    そう考えると、「令和」でよかったな~なんて改めて思ったり。

    多くの人がポジティブな気持ちで新しい元号を迎えるって。

    うん、よかった。

     

    イレギュラーな話ですが、言葉の重みというか

    世に言葉を出す側の人間として引き締めていこうと

    背筋も伸びるような出来事でした。

     

     

    令和って聞いたとき、最初はれ、れいわ…?

    初めての言葉に違和感を覚えましたが、

    自分の中でゆっくりと繰り返しているうちに、馴染んでいきました。

    字面よりも音が新しいと思うのです。響きが残る元号。コピーでも大事なことだなぁ。

     

    「令和」の意味ですが、

    人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ、という意だそうですね。

    (令和っていうWikipediaのページが既にあって仕事がはやい…)

     

    気になってこちらも調べたのですが、

    平成は、「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味らしく。

    当時の説明がどんなかもわからないのですが、令和と比べるとやや堅苦しい…。

     

     

    まとめると、今までの元号よりも遥かに言葉も意味(説明)も現代人に合う表現じゃないかと思いました。

    わたしの好きな詩人は、Twitterで「かわいい」と反応していました。個人的にかわいいとは思わないのですが、たしかに「かわいい」と言えるような、そんなカジュアルさが音にある気がします。

    (平成って昭和ってかわいくないもんな)(嫌いじゃないけど)(というか好きだけど)

     

    昭和レトロブームがしばらく来てるけど、

    あと20年、30年したら平成レトロとか言われるのかな~(うっ…!)

    自分は平成の時代を当たり前に生きてきたので、平成がどんなのかうまくイメージできないのですが。

    何十年も経ったときの方が、平成ってこうだったなってわかるのかもしれません。

     

    まだ「令和」を自分の中でうまく溶け込ませられていませんが、

    来たる新しい時代を楽しみにしながら残りの平成の余韻に浸りたいと思います。

     

    写真は、日比谷公園のネモフィラ。

    ネモフィラって響きだけ聞くと毒の名前っぽいですよね。

    それだけですけど。

    おわり。

  • おやすみ自由

     

    吹き抜ける風が暖かくなるに連れ、花粉が舞う季節になってきました。

    わたしは花粉症ではありませんが、聞いた話だと今は症状なくとも

    花粉はからだに蓄積されていき、ある一定のリミットを超えると発症するそうで。

    時限爆弾みたいでとても恐れています。

     

    暖かさが増す前に、冬の余韻に浸らせてください。

     

     

    千葉にある夢の国に行ってきました。

    大学で長崎から東京に上京した友人が

    「人生で一度も行ったことがないから行ってみたい」

    そういう理由でした。

    何度も訪れている自分にとってはとても新鮮なお願いでした。

     

    ところがどっこい。まさかの大雪。(雨女を通り越して、雪女…。)

    家のカーテンを開けると、朝からしんしんと雪が降っていました。

    テレビからは繰り返し大雪警報が仰がれ、

    行く気がどんどんそがれていくのですが、

    いざ着くとはしゃぐタイプの人間でよかったと思いました。

     

    天候状態がよろしくない日だったので、

    ショーも含めて屋外のアトラクションは運転中止になりました。

     

    何度も来ているわたしはあまり気になりませんが、

    初めて来た友人には、タイミング悪くて残念だなと思いつつ、

    限られたアトラクションを順々に乗っていきました。

     

    でも、友人は雪なんて関係なしにとても楽しそうで。

    帰るころには、私も満足していました。

    思い返すと、天気がいい日に行ったときよりも満足度が高かったと思うのです。

     

     

    自分なりに考える理由は、

    待ち時間が少なく、長時間並ばずに済んだこと。

    そして、乗れるアトラクションが少なかったことです。

     

    普通の日であれば「これも乗りたい、あれも乗りたい」となるところが

    運転中止だからしょうがないね、と。あきらめるしかないのです。

     

    あきらめる、というとネガティブな意味に思うかもしれませんが、

    あきらめるは古語では、「明らむ(あきらむ)」と言い、

    「物事を明らかにする」「はっきりさせる」という意味があります。(ここでへぇボタン)

    ちなみに古語では、断念するといったネガティブな意味は含まれていません。

     

    雪による運転中止で、乗り物の選択肢が絞られる。

    やりたいことが複雑さから解放されてシンプルになる。

    気持ちがラクになって充足感が生まれたのだと思います。

    なぜ気持ちがラクになるかというと、選択肢がないというのは裏を返せば

    選択するという考えを捨てることができるからです。

    こういうとき、ちょっとホッとするようなうれしさがあります。

     

     

    先日歯医者に行ったときのこと。

    そこでおすすめされた歯ブラシがよかったので、帰りの会計で注文しました。

    そしたら、受付の方に「何色がいいですか?」と5色くらいバーッと出されて。

    歯ブラシひとつ選ぶのにも我々は自ら選択しなければいけないのです。

    そのときのわたしは5色の中から1色だけ決めればいいのですが、

    ドラッグストアに行くとそうはいかない。はてしないバリエーションの歯ブラシが陳列しています。

     

    選択するということは、多かれ少なかれ頭を使いますし、

    それが自分にとってベストかどうかも人は無意識に考えています。

    そして、このような場面に1日何度でくわすことか。

    昔に比べて自由で豊かな今、選択する決定力が必要とされる…。

    だから、あきらめるしかない瞬間が訪れると荷が下りたような気分になるときがあります。

     

    気にならないし、そこまでの気持ちになる?って思うかもしれません。

    こだわりのあるものならいいですが、本当にどっちでもいいと思うことだと

    誰か決めて~~~!ってなりませんか。

    これがおかあさんからの「今晩の夕食なにがいい?」質問だったら、

    間違いなく嫌な顔をされるんですけどね。

    下手したら「なんでもいいんだったら今晩夕食なしね」って言われますよね。禁句です。

     

     

    たまには、選択できる自由という責任から離れて

    メニューが3つくらいしかない定食屋かラーメン屋に行きたいです。

     

    写真は、ランチメニューが1つしかなかったお店のオムライス。

    (コリドーにあるよ)

     

    おわり。

  • 気にしないが勝ち。

     

     

    みなさま、あけましておめでとうございます。

     

    あれ1月かな?と思ったあなた、もう2月です。\ガーン/

     

     

    …はい、2019年最初のコピペです。

    寒さと乾燥のダブルパンチで、風邪菌大喜びの毎日でも、

    インフルエンザダービーに生き残りたいゆとりです。

     

     

    年末年始の話は今さらかもしれませんが、

    話したいので勝手に始めます。

     

    皆さん、年末年始どのようにお過ごしでしたか。

    実家に帰省、家族で海外旅行、友だちと初日の出ドライブ、紅白歌合戦を見ながら

    こたつでぬくぬくカウントダウン、いやガキ使派だよ、いやいやジャニーズカウントダウン派だよ、いやいやいや(―――年末年始に戻りたくなってきた)

     

     

    そんなゆとりは、大晦日から元旦にかけて友達とおでかけしていました。

    何気ない会話を楽しんでいた途中、「年越しそば食べた?」と聞かれ、

    ハッとしました。

     

     

    「そば食べてないやんけ」

     

     

    なぜ関西弁になったのかはわかりませんが、

    少し気持ちが焦りました。

     

    そして続けて思いました。

    「(リアルタイムで)紅白もガキ使も見られない」

    「(正月に向けて)家におせちもない」

     

     

    あれ、年末年始らしいことできてる?

     

    なんだか損したような気になりました。

    自分なりに楽しんでいたはずなのに。

     

    そういった理由で、世間話程度に振られた「年越しそば食べた?」が妙に頭に残ることに。

     

     

    そして、1日夜21時過ぎ。

    気がつけば、コンビニでみどりのタヌキを買っていました。

    年越しちゃったけど。しかもインスタント。

     

    次の日も、スーパーでゆであずきと越後製菓じゃない餅を買って、

    お雑煮、おしるこ、そして普通に餅を焼いて食べました。\餅ざんまい/

    そして、ガキ使も紅白も急いで見ました。

     

    スピーディーに大晦日と正月にやりたかったことを詰めることで

    気持ちは収まりました。

     

    今考えると、様式に振り回されている。

    そういう状態でした。

     

    伝統文化は大切だと思うし、そういう雰囲気を楽しめる感性っていいはずなのに

    様式にはまって生きていれば大丈夫、みたいな一種の安定剤として

    餅を食べまくっていましたような気がします。

     

    おかげでちょっと太りました。

    (12月の記事の予告通りになってしまった)

     

    現代社会は、食べ物でも娯楽でもなんでも、あらゆることに関して好きなときに好きなものを、というスタイルが当たり前のようになってきたと思います。

    いちいち選ぶのが面倒なほど、あらゆる側面で多様化されているのです。

     

    だから、餅を食べるタイミングとかいつでもいいのですが。

    気持ちはちょっと違う。

     

     

     

    例えば、最近聞いた話だと

    レストランのクリスマスディナーは名前にかこつけて安い食材を高額で出すから、

    あえて和食に行った方がコスパよく美味しく食べられて、店も空いている。とか。

     

    お正月の福袋はいらないものが入っているから、だったら最初から自分の欲しい服を買ったほうが出費も減っていい、とか。

     

    そんな話を聞きました。

     

    コスパの面では、その通りです。波に流されない、冷静な判断にも納得もします。

    ですが、賢く生きることと、伝統やイベント行事のワクワクって別だとも思うのです。

     

    リアルタイムで四季を楽しむ、雰囲気代込みというか、

    その瞬間にしかない空気も味わっている。そう、コミコミ価格。

     

    和食よりも七面鳥食べてるほうが、今わたしクリスマスを過ごしている!とも思うし、

    新年の福袋には、自分が普段買わないような服との新しい出会いが待っている。

     

    年末年始には様式に振り回されている、とひねくれた気持ちにもなりましたが

    そういう感覚も悪くないなと思いました。

    様式も流行りも行事ごともハマってみると楽しかったりする…。

     

    とまぁ、結論自分の中にあるミーハー精神を語っただけなのですが。

     

    そして今年も、ミーハーなりに新しいものにどんどん飛びついていこうと思います。

    猪突猛進なミーハー・・・なんだか怖いですね。距離を置きたくなります。

     

     

    写真は、様式にはまらない野良猫。

    (いや、彼らにも様式のようなものがあるかもしれない…)

     

     

    おわり。

  • 師走の誘惑

     

     

    年内最後の更新となりました。\はやーい/

     

    社会人1年目の年でしたが、半年を過ぎてからは学生のときより

    遥かにあっという間で…(ゾッ)。これが大人か。なんて威力。

    今2018年を振り返ると時の速さに圧倒されそうなので、ギリギリまでしないゾ!

     

     

    さてさて、

    クリスマスケーキとか年越しそばとかおもちとかこたつの上のみかんとか

    加えて寝正月で、DEBUな未来が見えたみなさまと話したい食べ物のこと。

     

    SNSが普及してから、料理の見栄えはますます重要になってきましたね。

     

    食べる前から写真撮っちゃう派ですか?

    それともさっさと食べろよって思ってます?

    スマホ取り出して、カメラアプリの立ち上げまで待って、

    そして撮る角度やフィルター選んでいる間に

    飯が冷えるわ!って思う方はイライラしないで聞いてください。

     

     

    今年流行った食べ物と言えば(ゆとり調べ:主にYouTube)

    韓国のチーズホットク、昨年に引き続き人気のチーズタッカルビにラクレットチーズ。

    チーズが強い。伸びるからね。

    あとクリーム系も強い。盛りに盛ったクリーム。

    パンケーキブームは結構前なのに、いまだに盛り上がってる。

     

    飯テロのタグもよく見かけるし、

    みんなお腹空いているのね。

     

    深夜にラーメンの写真とかやめてよね!!!

     

    はい、急に大きい声出してすいません。

    糖質制限中なのでイライラしてしまいました。

     

    どれもDEBUまっしぐらな料理だけども、

    喜んで食べちゃうね。あほみたいに。

     

     

    こんなん食べて太るだけじゃんーーーって思うけど、

    少し前にバズっていたツイートがあって、

    映える料理の意義ってこれかもって思いましたね。

     

    動画の切り取りだったので、字幕だけ引用します。

    Netflixの「シェフのテーブル」というドキュメント番組から。

    語り手は、NYで人気のスイーツショップのオーナー、クリスティーナ・トシさん。

    健康志向が流行る中でクッキーの魅力についてこう語ります。

    (背景は、チョコチップクッキーの生地作り)

     

    「クッキーを食べれば心が解放される」

     

    「健康食品でないと分かっているけど」

     

    「心が喜ぶのよ」

     

    「食べ過ぎを心配するには人生は短すぎる」

     

     

    その通り!!って思わず言いたくなりました。

    みんなが心の中で思っていたけど、言語化できなかったことを代弁している。

     

    食べたらきっと罪悪感が生まれる・・・と思いつつも食べちゃう。

    なぜならおいしい。幸せホルモンでちゃう感じ。

    栄養はとれずとも、こころを豊かにしてくれる食べ物。うん、すごく共感。

     

    さっきの流行り飯で言えば、

    ホットクもタッカルビもラクレットも口に入れちゃえば、

    チーズの細かい違いが分からない私からしたら、

    全部チーズっていう括りで終わるんですけど(なんか頭悪い)

     

    味もだけど、びよ~んって伸びるの見ると楽しい。

    テンション上がる。単純な喜びだけど、いいねって。

     

    好みはあるけど、クリームもたっぷりのほうが嬉しい。

    クリームパンとか食べて中身スカスカだと悲しいもの。

     

    だから、チーズの伸びも、もりもりクリームも、

    いるに決まってんだろ。

     

     

    冬に太るのは性。

    クリスマスも、正月も味わっていきましょう。

    (そう言って自分が食べていい口実を作りました。リバウンド御免!)

     

     

    だけども、そんな冬に太りたくないあなたには

    ダイエッターとしてそこそこの知識を手に入れたゆとりが

    おすすめおやつを紹介します。

     

    富国生命ビルのナチュラルローソンで、

    夢のコーナーを発見してしまいました。

    プロテインコーナー…!!!

     

     

    え、何プロテインとか嫌なんだけど(笑)

    って言った?言ったよね?全部聞こえてるんだから!

     

    プロテイン=タンパク質 だから、栄養です。

     

    しかも、最近のコンビニはなんでも美味しい、クオリティが高い。

    言わずもがな、ちょっと値が上がるナチュラルローソンなら!

    チョコ味のプロテインバーとか美味しいですよ。あとは…

     

    と、だんだんうるさくなってきたので、ここらで。

    みなさま、おいしいお年を。

     

  • ムーミンじゃないよ。

     

     

    え…寒くないですか?

     

    ついこの前まで、猛暑に殺されかけていたというのに、
    10月半ばに風邪を引き、この冬を乗り切れるか不安なhagimiです。

     

     

     

    9月終わり

    ユーミンこと松任谷由実が音楽配信に舞い降り、

    キター!(古)となったのは、私だけではないはず。

     

    朝の通勤でユーミンを聴ける、なんて贅沢。

     

    わたしの好きなロックユニットのツイッターにも

    浮上したり、最近なにかとユーミンに縁がある私。

     

    久しくテレビをザッピングしていたら、

    ユーミン特集なるものが組まれていました。

    (本当は、関ジャニ∞が映っていたから止めました)

     

     

    番組内で、ユーミンの歌詞作りについておもしろい話がありました。

     

    突然ですが、

    普段の会話で、もし友人が別れ話をしたら

    みなさんはなんて返しますか?

     

     

    「なんで別れたの?」

     

     

    って最初に聞くのではないでしょうか。

     

    ユーミンの場合は、

    (別れ話をしたときは)

    「どんなお店にいたの?」

    「何を飲んでいたの?」

    と聞くそうで。

     

    つまり、出来事の間、

    相手がどんな風景の中で、

    どんな行動をとっていたのか、

    具体的な情報を聞くわけです。

     

    別れた時に言われたセリフを歌詞にしてしまうと、

    当人だけの話になってしまうが、

    情景というのは、リスナー自身が体験を重ね合わせる「余白」があると。

     

    ふむふむ、「余白」ねぇ…。

    深いけど、なんだか難しい。

     

    例として、番組で紹介されていた

    「ダイアモンドダストが消えぬ間に」

    という曲の歌詞を一部引用します。

     

    はじめまして 碧いラグーン

    紅珊瑚のトナカイたち

    貿易風に運ばれて来た

    二人だけ真夏のクリスマス

    愛してるとスノーケルで

    ガラス越しにパントマイム

    フィンをゆらしてあなたの影が

    サファイアの中吸い込まれてく

    Diamond Dust 幾千の泡を見送って

    時がとまってた海の底

    Diamond Dust 幾億の波を見上げたら

    なぜか思いきり泣けた

     

     

    この部分の歌詞で表現されているのは、

    恋人同士が仲良くダイビングをしている、という情景です。

     

    このようなロマンチックおしゃれ体験をしている人は、
    多くはないと信じたいですが、これと同じでなくても

    リスナーは自分の中にある別の思い出と置きかえて聴ける、
    というわけなのです。

     

    なんだか、この考え方、コピーに似てるかも!

    そう思いました。

     

    コピーの場合、ここまで情景に寄れないですが、

    「自分事にさせる言葉」と考えると一緒だと思います。

     

    広告は、見る側が関係ない話だ、と受け取ってしまうと
    その時点でコミュニケーションが終了してしまいます。

     

    音楽の歌詞もきっと、聴く側の経験やそのときの心情にそぐわなければ
    スキップされてしまう。

     

    大して聴いてなかった曲が、何年後かになって急にはまるのは
    そのときは自分事化できないけど、何年かたった今では自分事になる、
    ということじゃないかと。

     

    思い出を入れるスペースがある、というのは文字屋として
    とても学ぶべきお話でした。

     

    ちなみに、歌詞でダイビングの情景が表現されているわけですが

    書いたユーミン自身はダイビングの経験はなく、

    歌詞を書くためにたくさんの関連資料を読んだのだとか。

     

    私も!仕事でやるよ!それ!と。

     

    友人との会話における取材力もですが、

    こうやってプロアーティストも、想像力のために情報収集している。

    ユーミンが普通の人と同じような努力をしている、というので少し勇気が出たり。

     

     

    歌詞の世界は、コピーと同じく奥が深い。と思いました。

     

     

    こういう話をすると、めちゃくちゃユーミン通かと思うかもしれませんが

    恐ろしくミーハーなので、これからもっと聴いていこうと思っています。

     

    ユーミンの曲、400曲以上あるらしく…(とんでもない数)。
    1日1曲聴いても、1年が過ぎてしまいます。

     

    何から聴こうか、

    まずは、大好きな「春よ、来い」を聴いてから考えます。

     

     

    おわり。


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