• 第30の皿 いま何どきだい?塩焼きそば

    塩焼きそばを作っていると、呼び鈴が鳴った。
    ネットで頼んだ商品が宅配便で届いたらしい。
    料理のさなかの呼び鈴は、手が離せない工程の途中だと、
    時として大惨事を引き起こすものだが、今日は大丈夫。
    具材炒めが一通り終わって、いよいよこれから調味、
    というところだったから、本当に助かった。

     

    荷物を受け取り、調理を再開して完成させる。
    ところが、出来上がった塩焼きそばは、どこか物足りない。
    「塩焼きそばって、こんなもんだっけ?」と思いながら食べ終えると、ハタと気づいた。
    ある素材を加えるのを忘れた・・・。

     

    失敗の原因は、明らかに荷物を受け取る際の中断である。
    キッチンを一度離れて、戻って来た際に、
    工程のひとつを見事にスキップしてしまったのだ。

     

    何かに似ているなと思い、浮かんだのが落語の「時そば」である。
    屋台の蕎麦屋でのお勘定の際、十六文の代金を一文ずつ払い、
    八文目まで置いたところで店の主人に時刻を尋ね、
    「九つ(深夜0時頃)で」との答えと勘定を重ね合わせることで一文をごまかす。
    そのやりとりを見ていた男が感心して、翌日にマネをする。
    だが、まだ早い時間にやってしまったものだから、八文目で時間を尋ね、
    「へい、四つ(午後10時頃)で」と返されて、
    「五文、六文・・・」と重ねて、勘定を余計に払わされる、というオチである。

     

    塩焼きそば(2人分)

     

    蒸し麺 3玉
    酒 大さじ1(蒸し麺下処理用)

     

    キャベツ 1/4玉(ざく切り)
    しめじ 1パック
    もやし 1袋
    ピーマン 1個(細切り)
    きくらげ 少々(湯で戻して細切り)
    ほたて水煮缶 1缶(汁ごと入れる)

     

    油 大さじ3

     

    みりん 小さじ1
    塩 小さじ1
    酒 大さじ1
    貝柱スープの素 小さじ1(酒で溶く)
    白こしょう 少々
    青のり 少々

     

    1. もやしと蒸し麺に酒大さじ1を振りかけ、ラップを掛けずにレンジ500Wで3分加熱する。
    2. フライパンに油をたっぷり入れて熱し、軽く焦げ目が付くまで麺を焼いて、取り出しておく。
    3. 油を足してキャベツを炒め、しんなりしたらピーマンとしめじ、きくらげを加えて炒め、取り出しておく。
    4. フライパンに2を戻し、リップボウルで合わせておいた調味料を回し掛け、よく和える。
    5. ほたて水煮缶(汁ごと)を加えてさらに混ぜ、麺に均一にソースをなじませる。
    6. 3を戻して混ぜ合わせ、白こしょうで味を調え、皿に盛って青のりを散らす。

     

    さて、塩焼きそばに入れ忘れていたものは、ほたて水煮缶だった。
    ほたての身そのものもさることながら、
    ほたてのエキスたっぷりの汁が入らなかったのだから、
    ひと味もふた味も足りないのも道理である。

    落語で言うと、レシピの4.まで数えた後、次の工程が本来の5.の代わりに

     

    5. 宅配便を受け取る。

     

    となり、6.の工程に進んでしまったわけだ。
    以上が「時焼きそば」の一席、お粗末さまでした。

     

  • 第29の皿 全員野球で、おでん

    冬の楽しみのひとつに、おでんがある。
    こんにゃく、しらたき、大根、さつま揚げ、がんもどき・・・。
    鍋に入った時は、単なる寄せ集めだったメンバーが、
    火に掛けてから数十分、突然「おでん」になる瞬間がやってくる。
    部屋じゅうが「今夜おでんを食べる家」の匂いに包まれるのだ。

     

    この瞬間を迎えると、いつも「高校野球部の監督」のような気分になる。
    入部したばかりの頃、真っ白なユニフォームに身を包んだ、頼りない1年生たち。
    あちらこちらの中学校からやって来た小さな存在が、
    いつの間にか立派なチームに育ったのだ。
    褐色に色づいた具材は、たくましく日焼けした3年生部員の姿そのものだ。
    「おまえら、本当にいいチームになったな」と、
    (口の中に)去りゆく部員たちひとりひとりに声を掛けたい。

     

    こんなことを考えるのも、あることに気づいたからだ。
    おでんチームには、絶対的なエースや頼れる4番打者のような、
    突出した存在がいない。

     

    他の鍋チームには、皆エースや4番打者がいる。
    すき焼きチームには牛肉、水炊きチームなら鶏肉、
    かにすきチームならもちろん、かに。
    また、寄せ鍋は、4番がいないというより、4番ばかりがいるチーム。
    他のチームからエースや4番をかき集めて強いチームを作った印象がある。

     

    一方、味を出すエースのいないおでんチームは、
    小粒の選手を鍛え抜くことでチーム力を底上げするイメージ。
    メンバーが一丸となって、味を出していくのだ。

     

    おでん(4人前)

     

    大根 1/2本(2cm厚の輪切り)
    こんにゃく 1枚
    焼き豆腐 小2丁
    はんぺん 2枚(放射状に4つ切り)
    ゆで卵 4個
    結びしらたき 4個
    さつま揚げ お好みのものを
    がんもどき 4個

     

    〈汁〉
    だし用昆布 20×10cm
    塩 少々
    酒 200cc
    水 1500cc
    めんつゆの素(3倍希釈用) 大さじ6
    和風だしの素 15g

     

    1. 鍋に水を張り、卵をゆでる。別の鍋でこんにゃく、しらたきをゆでる。
    2. 油を引いたフライパンに大根を並べ、軽く塩を振って焼き色が付くまで焼く。
    3. 鍋に酒を入れてアルコール分を飛ばす。水、だし昆布、調味料を入れて弱火で煮て、沸騰したら卵・はんぺん以外の具材を入れてふたをして弱火〜とろ火で煮込み、香りが変わってきたら卵とはんぺんを入れ、とろ火で火を通す。

     

    通常のおでんと異なるところは、大根を焼いてから煮ることだろうか。
    地味なおでんチームだが、4番打者には、この大根を指名する。
    そして、エースは卵である。

     

  • 第28の皿 初春の口福、ほたての磯辺巻き

    「幸福感」を大切にしている。
    幸福感とは、あくまで個人的な定義だが、根拠のない幸せのことで、
    「なんかハッピーって感じがしなくもない?」くらいのイメージだ。

     

    ほんとうの幸福を手に入れるのは大変だが、幸福感は、簡単に手に入る。
    幸福は、お金持ちになったとか家族が増えたとかの具体的な理由が必要なのに対し、
    幸福感は「自分が幸福だと思ったら、それは幸福である」と言うものだからである。

     

    常に幸福感を味わうため、私は、
    「幸せのスイッチを入れる自分ルール」を設定している。
    それは「道を歩いていて黒猫に横切られたら、それは吉兆である」というものだ。

     

    通常、不吉と思われている事柄であるが、不吉であるという根拠はない。
    だからと言って福を招く根拠もないのだが、
    そこは自分だけのローカルルールなのでご容赦いただきたい。

     

    このルール、今では
    「茶色でも白でも三毛でも横切ったのが猫なら1ポイント。黒猫ならポイント2倍」という、
    何のポイントなのか訳のわからないものに進化している。
    そのうち「ポイント5倍DAY」や
    「2000匹以上の横断で100ポイント進呈」など、
    駅前スーパーのポイントカード並みに発展しそうな勢いである。

     

    このように、常に幸福感に満ちあふれ充実した日々を過ごしているわけだが、
    そこは「気の持ちよう」「気のせい」「単なる思いこみ」という実体のないものなので、
    たまには根拠のある幸福も味わっておかないと、精神衛生上よろしくない。
    手っ取り早くリアルに幸福になれるのは、やっぱり、おいしいものを食べた時である。

     

    そこで、意を決して、ご近所のお鮨屋さんに行くことにした。
    目の前を皿が回ったりしないカウンターで、
    店主がひとつひとつ丁寧に仕事を施した一品料理を出してくれる。
    今回は、そこで出合った料理のうちのひとつである。

     

    ほたての磯辺巻き

     

    ほたて貝柱刺身 5〜10mm厚×4枚
    海苔 10×5cm幅×4枚
    だしつゆの素(3倍濃縮タイプ) 小さじ1/2

     

    1. だしつゆの素を小皿に注ぎ、ほたて刺身を片面5分ずつ漬けておく。
    2. 小フライパンで海苔を乾煎りする。
    3. 火を止めて海苔を取り出し、1を並べて片面10秒ずつ余熱で炙り、海苔で挟む。

     

    「しょうゆ味のものを挟めば、もちじゃなくても磯辺巻き」という発想の転換が楽しく、
    意表を突いただけでない確かなおいしさに感銘を受けた。
    まさしく「お正月のお鮨屋さんのオードブル」である。
    このメニューとて実際には細かい仕事がなされているはずだが、
    唯一家庭料理レベルでも真似できそうなものだったので、作り方を考えてみた。

     

    食べてみると、プロに及ばないのは当然だが、家庭料理なりの幸福は味わえる。
    これぞ「口福」。
    目の前を黒猫が3往復したくらいの価値がある。

     

  • 第27の皿 風邪の日のヨーグルト和えフルーツサラダ

    風邪をこじらせて、5日間も寝込んだ。
    家人が仕事に出かけ、部屋にただひとり。
    薬を飲んで、ひたすら寝続けるだけの日々。
    大人の風邪は、面白くもなんともない。

     

    一方、子どもの頃の風邪は、エンタメだった。
    寒い日に外に出ずに済むのもさることながら、
    「何か食べたいものはないか」と問われることが、いちばんの醍醐味だ。
    この瞬間こそが「風邪で学校を休んだ子ども」に訪れるクライマックスである。

     

    本当は、体調が万全の時にこそ、ぜひとも問われたいものだが、
    体調が最悪の時でなければ得られない言葉なのだから仕方がない。
    高熱があり、のども腫れ、食欲がほとんど湧かない状況だ。
    平時ならば選択に30分は悩んでいられそうな命題だが、
    この体調でも食べたいと思えるものは、ごく限られる。

     

    私の答えは必ず「もも」だった。
    風邪で寝込むのはたいがい冬だから、生食は時季外れ。
    当然、缶詰なのだが、たとえ生の桃が手に入っても、
    ここは「缶詰の白桃」であろう。
    冷たくて、のどごしがよくて、当たり外れがなく確実に甘い。
    まさに「キング・オブ・風邪引きのための食べ物」である。

     

    ふとんにもぐったまま、うつぶせになって白桃を食べながら、
    『ベルトクイズQ&Q』など、普段見ることのできない「平日のお昼のテレビ」を楽しむ。
    食べたいものを問うてもらえるのも、母親が自宅にいる専業主婦だったからであろう。
    今は遠い、昭和の時代のお話である。

     

    そんな思い出を胸に、今回はフルーツの缶詰を使った1品を。
    かつて、学校給食によく出て来た、近頃ではデパ地下などでもおなじみの、
    あのサラダである。

     

    ヨーグルト和えフルーツサラダ

     

    フルーツミックス缶 1缶
    干しぶどう 少々

     

    プレーンヨーグルト 大さじ6
    マヨネーズ 大さじ3
    レモン果汁 少々
    白こしょう 少々

     

    1. キッチンペーパーを敷いたざるの上にヨーグルトを入れ、水を切る。
      フルーツ缶も中身を取り出し、水気をよく切っておく。
    2. ボウルに調味料を入れ、ヨーグルトとよく混ぜてから、
      フルーツと干しぶどうを入れて和える。

     

    フルーツミックス缶の中身に「みかん」が入っていない場合は、
    小さめの「みかん缶」もぜひ加えたい。
    また、バナナ、キウイ、りんごなど生のフルーツを加えてもよい。
    ただ、すぐに食べ切らないのなら、缶詰のみの方がよいかもしれない。

     

    和えてから一晩置くと、干しぶどうが戻されて、
    ぷっくりと半生状態となっておいしさがアップする。
    ヨーグルトさえあれば、あとは缶詰や調味料など常備できる食材ばかり。
    それこそ、風邪で寝込んだ大人でも調理できる手軽さである。

     

  • 第26の皿 サンボも大好き、ホットケーキ

    ホットケーキと聞くと、子どもの頃に読んだ童話を思い出す。

     

    両親から贈られた靴・上着・ズボン・傘を身に着け、
    森に出かけた少年は、4頭の虎に喰われそうになり、
    身ぐるみを1頭に1つずつ差し出すことで命乞いをする。
    虎たちは戦利品を独り占めすべく仲間割れして、
    巨木の周りで追いかけっこをするうちにバターになってしまい、
    少年の一家がそのバターでホットケーキを焼いて食べた、という話である。

     

    今考えると、虎が原料のバターというのはどうなのかと思うが、
    挿絵の効果なのか、読んだ当時はとてもおいしそうに見えたものだ。

     

    さて、ホットケーキ。
    ヨーロッパなどでは広くパンケーキと呼ばれる。
    パンとはフライパンのことなので、「フライパン焼きケーキ」ということか。
    両者の呼び名に、特に定義はないようだが、
    個人的には、ホットケーキは「ふっくら」であって欲しいので、
    ベーキングパウダーが入った厚みのあるものをホットケーキと定義したい。
    一方のパンケーキは、薄く焼いたタイプのものも多く見かけるからだ。

     

    ホットケーキ(6枚分)

     

    薄力粉 200g
    ベーキングパウダー 小さじ2
    塩 少々
    砂糖 50g

     

    卵 2個
    牛乳 200cc

     

    バター 少々
    メープルシロップ 少々

     

    1. 粉とベーキングパウダー、塩、砂糖をボウルに入れてさっくり混ぜ、真ん中にくぼみを作り、卵を落として混ぜ合わせる。
    2. 牛乳を少しずつ加え、なめらかになるまでのばしたら、冷蔵庫でしばらく寝かせておく。
    3. 少量のバターを熱した小フライパンに、2の1/6の量を入れ、中火〜弱火で様子を見ながら2分焼く。表面にフツフツと小さな穴があき、焼き面にこんがりと色が付いたら裏返し、弱火で1分焼く。以後、間を置かずに1枚ずつ焼いていく。

     

    2枚以上重ねた、焼きたてのケーキの上に、
    四角く切ったバターを載せ、メープルシロップをたっぷりと注ぐ。
    香ばしい甘い匂いをかぐうちに、一瞬、子ども時代に帰ったような気分になる。
    まさにタイムトリップ系の美味である。

     

    ところで、冒頭の童話には、続編があることを最近知った。

     

    夕食の羊肉を焼く薪を取りに行った少年は、
    連れていた双子の弟を2匹の猿に誘拐されてしまう。
    傷心で森をさまよう少年は鷲と知り合い、
    彼の協力を得て弟たちの奪還に成功。
    鷲へのお礼に羊肉をプレゼントしたので、
    少年の一家は夕食代わりにホットケーキを焼いて食べた。

     

    つくづく、ホットケーキが好きな一家のようである。