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第50の皿 使命はただひとつ、トーストサンド
置き場所がないのを承知で、トースターを買った。
極めてシンプルなもので、トーストする以外の機能は一切ない。トースターが来るまでの我が家は、
スチームオーブンレンジのトースト機能を使っていた。
だが、パンを焼くのに水を用意する必要があるなど、
準備と片づけがちょっと面倒くさい。
あくまでレンジのおまけの機能だから、
焼くまでにいくつかのボタン操作も求められる。その点、トースターは素晴らしい。
パンを入れたら、あとは焼き時間に合わせてタイマーを回すだけ。
たったひとつのことしか出来ないが、そのことに関しては、誰にも負けない。
その姿はさながら、「自分、これしか出来ませんので」と
背中越しに語りながら作業を続ける、腕のいい職人のようだ。トーストサンド(チーズオムレツ)
食パン 2枚
〈チーズオムレツ〉
卵 2個
粉チーズ 大さじ1
豆乳(あるいは牛乳) 大さじ2- チーズオムレツの材料をボウルに入れ、泡立て器でよく混ぜる。
- 玉子焼きパンに油引きでオイルを薄く塗って弱火に掛け、1を注いで半熟になるまで熱する。
- 端にまとめていき、形を整える。
- トーストしたパンに挟む。お好みでケチャップなどを。
前述のスチームオーブンレンジは
「石窯焼き風スチームオーブンレンジ(グリル機能付き)」
という多機能感満載の本名があるのだが、
食材を温めることが中心で、ほとんどの機能を使いこなせていない。レモン絞り器、おろし金、ぎんなんの殻剥き、ピーラー。
家電ではないが、使いやすい調理道具は、
シングルタスク(単機能)のものばかり。今や多機能が当たり前となっている家電の中で、パン焼き専用のトースター。
一周回って、画期的な発明品に見えてくるのが不思議である。 -
第49の皿 カドの取れた辛みで、担々麺
昔よく通った中華料理店が、ひっそりと閉店しているのを知った。
気付いたのが遅かったのか、貼り紙もすでになく、
インターネットで検索しても情報が出て来ないので、
移転なのか廃業なのかもわからない。ご無沙汰だったのは、もちろん自分で料理をするようになり、
ここに限らず飲食店をあまり利用しなくなったからだが、
このお店の場合、それだけが理由ではなかった。
閉店は残念なニュースだが、開業中からすでに残念なお店だったからである。味は、文句なし。
その割に、価格も安い。
しかし、オーナーシェフの性格に難があった。
接客態度が極めてよくないのだ。
それ以外のポテンシャルはかなり高かったので、
非常に惜しまれる欠点ではあった。
飲食店評価投稿サイトでも、同じ指摘がいくつも見られたから、
客を選ぶのではなく、誰にでも分け隔てなく応対が悪かったのだろう。帰ったばかりの客や電話予約してきた客の悪口を、
別の客がいるにも関わらず吐き捨てる。
また、アルバイトを大声で叱る。
その叱り方も、教育目的ではなく
感情に任せてなじるだけだから、非常に感じが悪い。
そんな調子だからスタッフが居着くはずもなく、店は常に人手不足。
そうなると店主の機嫌がまた悪くなり・・・
と、どうしようもない負のスパイラルである。ある日、店の外に掲出されていた貼り紙の
「アルバイト急募!フレンドリーな職場です」
は、来店経験のある誰もがツッコミを入れたであろう、
生涯忘れられないジョークである。担々麺(2人前)
〈具〉
豚ひき肉 100g
長ねぎ 1/2本(みじん切り)
にんにく 1かけ(みじん切り)
おろししょうが 小さじ1
赤唐辛子 1本(みじん切り)
しいたけ 2〜3枚(みじん切り)
カシューナッツ 1つかみ(ざっくりと刻む)
もやし 1/2袋
豆板醤 大さじ1
甜麺醤 大さじ1
ごま油 大さじ1〈スープ〉
豆乳(成分無調整) 200ml
水 800ml(200ccほど熱湯を使う)
酒 大さじ2
鶏ガラスープの素 大さじ2
豆板醤 大さじ1
みそ 大さじ1
練りごま 大さじ2生中華麺 2〜3玉
すりごま お好みで
粉山椒 お好みで
ラー油 お好みで- フライパンにごま油を引き、しょうが&にんにく&赤唐辛子&長ねぎを熱し、香りが出たらひき肉を入れてしっかり炒める。しいたけ、カシューナッツと豆板醤、甜麺醤を入れて全体に味を付け、最後にもやしに火を通す。すべての具材を取り出しておく。
- ボウルで合わせたスープ用の調味料を熱湯200ccで溶かしてフライパンに入れ、水600ccを加えて煮立たせてから豆乳を加え、沸騰させないよう温めておく。
- 鍋で湯を沸かし、ラーメンを入れる直前に丼に2のスープを張る。ラーメンがゆで上がったらお湯を切り、素早く丼に入れて1の具を載せる。
- お好みでラー油をひと回し掛けて、すりごまと粉山椒を掛ける。
そのお店は担々麺がおいしく、もやしとカシューナッツを使って、
辛みを少しマイルドにしているのが印象的だった。
ここに紹介したレシピは、お店の味には及ぶべくもないが、
家庭で作った割には味がかなり複雑で、なかなかのレベルである。四川風味のお店にあって、いちばんの激辛メニューが店主本人だった。
むき出しの辛みを抑え、カドの取れた味わいとなって、
いつの日かお店の再開を期待したい。 -
第48の皿 ベランダで味わう枝豆
昨年の夏の原稿(第35の皿・コーンサラダの回)でも少し書いたが、
週末は引きこもりなので、基本的に外出することはない。
暑い時季なら、なおさらである。
そんな夏の数少ない楽しみのひとつが、ベランダから眺める花火大会だ。タワーではないマンションの、たかだか6階からのささやかな眺めだが、
家から一歩も出ずにタダ見できるのだから文句は言えない。
花火大会特有の人いきれを味わわずに済むだけでも、儲け物である。隣の区が主催する大会なので、会場は決して近くはない。
遠くに見えるビルとビルの間から、
高く打ち上がった大玉だけが奇跡的に見えるのだ。
低い空で花開く連発系の小玉は、建物に遮られて音しか伝わってこない。
そんな状況だから、低空のターンでは、ひたすら水分補給に専念する。
お供はもちろん、枝豆である。枝豆
枝豆 300g
塩 大さじ2〜3
水 大さじ2- 軽く洗った枝豆に大さじ1杯分の塩をすり込み、1時間置いておく。
- 調理前に再度水で洗い(水は切らない)、無水調理できる鍋に入れて水大さじ2を振り掛け、ふた(ガラス製)をして中火に掛ける。ふたの内側に付く水滴が流れ落ちるようになったら弱火に落とし、ふたをしたままお好みの固さにゆでる(5分前後)。
- ざるにあけて塩を振る。
たっぷり沸かしたお湯でゆでるのもよいが、
無水調理できる鍋で蒸しゆでにする方法を紹介した。
豆本来のうまみが流出しないので、おいしさも格別だ。夜空を焦がす大輪の花が散るたびに、
この一瞬のために精魂込めた花火師たちの苦労を思う。
手間ひまかけて腕を振るっても、食べるのは一瞬。
ふと気付いた花火と料理の共通項に「もののあはれ」を感じながら、
終わりつつある夏の風情を堪能した。 -
第47の皿 ある年の夏休みと、上海風焼きそば
8歳の夏休みの初日に、母が亡くなった。
海外出張先から急ぎ帰国して喪主を務めた父は、
任期をあと二月残しているため、すぐ現地に戻らねばならない。
まだ3歳の妹と、子ども二人だけが残された家には、
隣町に住んでいた父方の祖母が同居することになった。母を送るまでの慌ただしい日々が落ち着いても、
夏休みはまだ始まったばかり。
一軒家に、老女と子ども二人。
あの年の夏は、とてつもなく長かった。祖母が困ったのは、昼ごはんだった。
年配の人は、三食を「ごはんとおかず」で済ませることが多い。
だが、これまで核家族だったこの家では、昼は麺類が中心。
幼い孫たちは、これまで通りの食事を望んでいる。袋入りのインスタント食品に馴染みのなかった祖母は、
蒸し麺を買って来ては、独自に味付けた焼きそばをよく作ってくれた。
麺をほぐし、野菜の切れ端とともに油で炒めるのだが、
味付けに使っていたのは、しょうゆだった。作ってくれるのはありがたいが、これがまったくうまくない。
祖母が焼きそばを一緒に食べていた印象がないので、
もしかすると味見すら、していなかったのではないだろうか。あるいは、焼きそばに興味がない祖母は、味見をした上でなおかつ
「こんなまずいものを、よく好んで食べるね」と思っていたのかもしれない。
実際には、この焼きそばが例外的にまずかっただけなのだが。
そんな調子なので、祖母が作る焼きそばがおいしくなることは、ついぞなかった。おいしくなかった味の記憶に、エピソードの切なさも倍増である。
この思いを胸に、今回はシンプルな焼きそばを作ってみる。上海風焼きそば(2〜3人前)
蒸し麺 3玉
干しえび 大さじ2
しいたけ 3枚
もやし 1袋
にら 1把油 大さじ3
酒 大さじ1
鶏ガラスープの素 小さじ1
砂糖 小さじ1
オイスターソース 大さじ2
しょうゆ 小さじ1- 耐熱皿にもやしを置き、それを包むようにほぐした蒸し麺を載せ、酒大さじ1(分量外)を振りかけてラップを掛けずに電子レンジ(500W)で3分加熱する。
- フライパンに油をたっぷり入れて熱し、軽く焦げ目が付くまで麺を焼いて、取り出しておく。
- 油を足し、干しえびとしいたけを炒め、もやしとにらを加える。全体にしんなりしたら取り出しておく。
- リップボウルで合わせておいた調味料を、フライパンに戻した麺に回し掛け、よく和える。麺に均一にソースがなじんだら3を戻し、混ぜ合わせる。
ポイントは、麺をレンジで下処理することと、
具を一度取り出して、麺だけにソースを和えること。
麺に均等に味が行き渡るため、一段上のおいしさが生まれる。味付けがうまくできれば、おそらく具なしでも完食できる。
この焼きそば、祖母に食べさせてみたかった。 -
第46の皿 パリの路地裏のスープ・ド・ポワソン
近所のトラットリアで、懐かしいメニューに再会した。
濃厚な魚介のスープである。
貝もあわせて5〜6種類の魚を使ったというその一皿は、
味が複雑でコクがあり、何よりも温かさに満ちている。
ぬるめのスープを出すお店が多い中、
このお店は温かくあって欲しいものをアツアツで出してくれるのがうれしい。
スープは、魚と野菜が煮崩れて混ざり合った状態になっており、
飲むというより、具と汁をスプーンごとあむっと食べる、という感覚だ。このおいしさに最初に出合ったのは、パリにあるビストロである。
「新橋のガード下で」とでも書いておけば自慢話にならずに済むのだが、
嘘をついても仕方がないので、正直に書いておく。
ルーヴル美術館を擁するパリ1区は、市のほぼど真ん中。
だが、にぎやかなルーヴルを少し離れると、小さな通りがいくつも現れる。
その一角にあるという、魚料理専門店を目指した。
魚にこだわるあまり、不漁の時は臨時休業、
というのは後で知った話だが、ガイドブック片手に路地裏を迷いつつ、
ようやく辿り着いたので、お店が開いていてつくづくよかったと思う。
このビストロの前菜のスープが、絶品だったのである。スープ・ド・ポワソン(8皿分)
真鱈 2切れ(ぶつ切り)
真鯛 2切れ(ぶつ切り)
えび 1パック
魚のあら(1種類) 適宜(骨付きのものがよい)たまねぎ 2個(みじん切り)
にんじん 1本(みじん切り)
セロリ 1本(みじん切り)
エシャレット 1束(みじん切り)
トマト 1個(皮と種を除いて角切り)
マッシュルーム 1パック(スライス)
にんにく 2かけ(みじん切り)オリーブオイル 大さじ2
白ワイン 100ml
水 1500ml
ローリエ 2枚
タイム 大さじ1トマト水煮缶 1缶
コンソメの素 1個
パプリカパウダー 大さじ1
サフラン 1つまみ- 鍋Aに水と白ワイン、魚のあら、野菜の切れ端とローリエ、タイムを入れて火に掛け、沸騰したら弱火に落とし、20分ほど煮る。あくを取り、スープだけ濾しておく。
- 鍋Bにオイルを引き、野菜を炒めたら1のスープとトマト水煮缶、コンソメの素、パプリカパウダーを加え、ふたをして1時間煮る。
- フライパンで魚介を炒めて鍋Bに加え、具をハンドミキサーで粗く砕く(食感が残るようにざっくりと)。
- サフランを加え、20分ほど煮る。
パリのお店では、スープは陶器の壷に注がれていた。
この壷のそばに、ちぎったバゲットを盛った皿と、ルイユが添えられる。
ルイユとは、卵黄とオイルとガーリックを混ぜ合わせた、
辛みのあるマヨネーズ状のソースのこと。
これとバゲットを、スープに浮かべていただくのだ。冬の寒さが厳しい石畳の街で、パリジャンたちを温める魚介のスープ。
蒸し暑さが続く中、このスープを心から楽しめる気候が恋しい、今日この頃である。