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第40の皿 私がやりました、カツ丼
取調室とセットで語られる、妙な食べ物がある。
罪を認めない容疑者に、業を煮やす若手刑事。
それを制したベテラン刑事が、
「ところでおまえさん、腹は減ってないか」と
ポケットマネーで出前を取ってやる・・・。そんな、昭和の刑事ドラマのワンシーンでおなじみなのが、
容疑者をたちどころに自供に追い込む魔法の食べ物、カツ丼である。実際には、容疑者が丼を投げつける恐れもあるので、
取調室で食事をさせることはないらしい。
拘置所で済ませる容疑者の食事を、出前で賄うことは可能だが、
費用はもちろん自己負担。
仮に、取調室で刑事が自腹で容疑者にカツ丼を提供した場合、
利益誘導に当たるために、せっかくの自供も裁判で覆される可能性があるという。それなのに、都市伝説と化すほど「取調室=カツ丼」のイメージが強いのは、
「いかにもありそう」と思わせるリアリティからだろう。
刑事ドラマの全盛は、高度成長時代。
当時、出前先と言えば蕎麦屋であり、忙しい刑事が詰め所で、
冷えてしまった店屋物をかっ込むシーンも多かった。
警察署を得意先とするこの店のメニューの中で、
取り調べが長引いても麺のようにのびる心配がなく、
貧者という設定で描かれることの多かった容疑者が喜び、
情けにほだされてしまいそうな、ワンランク上のごちそうがカツ丼だったのだ。一方、出前のことをデリバリーと呼ぶ現代ではどうだろうか。
ベテラン刑事が「ピザでも取るか」ではサマにならない。
「ハーフ&ハーフでお願いします」と言う容疑者を、
自供に追い込めそうな気はまったくしない。カツ丼(1人前)
とんかつ 1枚
たまねぎ 1/4個(2cm幅に切る)
卵 1個〈つゆ〉
和風だしの素(顆粒) 適宜
水 100cc
しょうゆ 大さじ1/2
みりん 大さじ1/2
砂糖 大さじ1ごはん 1杯
- フライパンにつゆの調味料を入れ、たまねぎを入れて10分ほど煮る。
- とんかつを入れて溶き卵を加え、ふたをして1〜2分蒸らす。
- ごはんを盛った丼に載せる。
ひと昔前、大きな事件の容疑者が捕まった際の新聞報道では、
拘置所での様子を伝える定番の表現があった。
「出された食事を、悪びれもせずペロリと平らげた」。卵でとじた揚げ物をごはんに載せるというカツ丼は、
あまりと言えばあまりなハイカロリーフード。
だが、ひとたび食べるからには、
悪びれもせずペロリと平らげたいものである。
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第39の皿 趣味じゃないから、切り干し大根と油揚げの煮物
「週末は何してるんですか」と問われると
「料理をしています」と答えるものだから、
「料理が趣味なんですね」と返ってくる。
確かにそうかもしれないが、それは違うかも、と返事をためらう。
趣味というものは、もっと楽しんでやるものだと思うからだ。週末の料理が趣味というのなら、カレンダーを睨みながら指折り数えて待ち、
それこそ前の晩には料理道具一式を枕元に置いて寝る、
というくらいの勢いが欲しいが、
残念ながら、そこまでの想いは持ち合わせていない。
週末が待ち遠しいのは否定しないが、それは働かなくてよいのがうれしいだけで、
決して料理に取り組めるのがうれしいわけではないのだ。だいたい、休日に料理をするのだって、
平日にやる時間がないから、まとめてやっているだけのことである。
そう考えているうちに、気が付いた。
自分にとっての料理は、趣味ではなく、家事なのだ。
冒頭のやり取りでの違和感は、
「週末は掃除や洗濯をします」と言ったら、
「掃除や洗濯が趣味なんですね」と返されたような気分だったのだ。きれいな部屋は好ましいが、掃除はちっとも楽しくない。
洗い立ての服は気持ちがいいが、洗濯するのは面白くない。
それと同じで、手作りのおいしいものを食べるのが好きなだけであって、
作ること自体が楽しいわけではないのだ。日ごろ料理をまったくしない男性が、休日に限って、そばを打つ。
たまの休みにクッキーなどを焼き、きれいにラッピングして友だちにふるまう。
これらのケースなら、趣味と呼んで差し支えないだろう。
趣味でする料理は、日々食べるものではないので、
気合いが入っていて派手である。片や、家事の料理は日々のお惣菜だから、気合いの入りようがなく地味である。
たとえば、このメニューのように。切り干し大根と油揚げの煮物
切り干し大根 40g(水で戻す)
にんじん 1/2本(千切り)
しいたけ 2枚(細切り)
油揚げ 1枚(短冊切り)ごま油 少々
だしつゆの素(3倍希釈) 大さじ2
酒 大さじ2
みりん 大さじ2
砂糖 大さじ1
水 2カップ(400cc)- 2カップ分の水を張ったざる付きのボウルに切り干し大根を入れ、30分浸けて戻し、ざるを上げる(水は捨てない)。
- フライパンにごま油を引き、にんじんをしっかり炒め、しいたけ、油揚げ、水気を絞った切り干し大根を軽く炒める。
- だしつゆの素、酒、みりん、砂糖、大根の戻し汁を加え、クッキングペーパーで落としぶたをして、弱火で30分煮る。
週末の料理作りは、ずっと続く。
趣味だったら、いずれ飽きて卒業する日も来ようが、
家事なのだから、飽きたからもうやらない、というものではないからだ。
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第38の皿 空を見ていると、ワンタン
季節は秋をスキップして、いきなり冬に突入した感もあるが、
ひんやりとした風を頬に受けながら雲を眺めていると、
ふと受験生だった頃を思い出すことがある。もとより学習に身を入れるタイプではないので、
勉強はほとんどしていなかったのだが、
そこは受験生であるから、早寝するようでは家族から心配される。
根っからの宵っ張りでもあり、堂々夜更かしライフを満喫していた。夜更かしと言えば、夜食である。
受験勉強はしないくせに、ここだけは外さない。
基本的に、昼食と夕食以外はセルフサービスの家庭だったので、
深夜に部屋の扉がノックされることもなく、自力で用意するしかない。お湯を沸かすだけで済むカップ麺やカップ焼きそばが大半だったが、
たまの楽しみとして、ワンタンを食べることがあった。
ワンタンと言っても、フリーズドライの肉入りワンタンと粉末のスープの素が
パックされただけのインスタント品なのだが、これが妙にうまかった。
お湯で戻すだけのカップ入りワンタンは、まだ出ていない時代である。鍋でスープを作り、ワンタンを放り込んで少し煮る。
それをラーメン丼に注いでレンゲを添えるだけなのだが、
カップ麺にはない手作り感がよいのだろう。
開かれることのない参考書が積まれた学習机にお盆を置き、
深夜ラジオを聞きながら食す。
これで勉強さえすれば、完璧な受験生だったのだが。今回は、当時を懐かしんで、ワンタンのレシピを。
ワンタン(2人前)
ワンタンの皮 20枚
〈餡〉
豚ひき肉 150g
片栗粉 大さじ1
おろししょうが 小さじ1
塩 少々
しょうゆ 小さじ2〈スープ〉
水 1000cc
しょうゆ 大さじ2
鶏ガラスープの素 小さじ2
酒 大さじ2
長ねぎ 1/2本(上半分・小口切り)- 餡の具材をボウルに入れて練る。
- 皮を手に取って縁に水を塗り、斜めに置いた皮の中央部に餡を少なめに載せ、三角形に折り、底辺以外の2辺の中央部分をつまみ、重ねてひだを作る。
- 小鍋に作っておいたスープに入れ、2〜3分煮る。
今も夜更かしは好きだが、深夜にこんなものを食べていたら、
体重は増えていく一方なので、さすがにもう夜食としては楽しめない。
初冬の空を見上げながら、受験生時代は遙かなりと実感する昨今である。空を見るとワンタンを思い出す理由は、もうひとつある。
ワンタンは、「雲呑」。
雲を呑む、と書くのである。
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第37の皿 コンソメの素を刻んで、レタスとベーコンの蒸し煮
当連載でよく登場する「コンソメの素」は、個包装のキューブタイプを使っている。
便利なので多用しているが、固めてあるがゆえに、
鍋の中でなかなか溶けないのが唯一の難点である。それなら、最初から顆粒タイプを買えばよいのだが、
キューブはどの店でも特売対象品。
顆粒よりも安いので、どうしてもこちらを選んでしまうのだ。また、レシピの方もキューブの数で記録しているから、
キューブなら個数分を放り込むだけで済むところを、
顆粒だといちいち量らねばならず、それも面倒である。なので、早く溶かしたい料理には、キューブを刻んで顆粒状にしてから使っている。
硬いキューブに包丁を立てるのは大変危険に見えるが、
ちょっとしたコツを掴んでからは、簡単に刻めるようになった。そのコツとは、「包丁の先端をまな板に付けたまま、絶対に離さないこと」。
つまり、包丁を裁断機のように使って、刃の根元でキューブを刻むのだ。
刃をキューブの角に合わせたら、柄を下向きに押すだけ。
これで、硬いキューブにサックリと刃が入る。
力を入れることなく、あっという間に粉々にできるのである。刻んだコンソメの素は、たとえばこんな料理にも。
レタスとベーコンの蒸し煮
レタス 1玉(千切る)
ベーコン 4枚(短冊切り)
しめじ 1パックコンソメの素 1個(刻む)
白ワイン 大さじ1
黒こしょう 少々- 鍋にレタスを千切り入れ、刻んだコンソメの素とベーコン、しめじを載せ、白ワインを振り掛ける。
- ふたをして中火にかけ、ふつふつしてきたら弱火に落とし、蒸し煮にする。
- 器に盛り、黒こしょうを振り掛ける。
レタス自らが持つ水分で、水を入れてないのにスープ煮のようになる。
おかずにもよく、パスタの具としてもよい。
さらに水とコンソメの素を足して、スープとしていただく手もあり、
その場合は水300〜400ccにつき、キューブ1個が目安である。刃を当てると変色するレタスは、手で千切る。
つまりこの料理は、主菜に包丁を使わず、調味料に包丁を使うレシピなのである。
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第36の皿 損得抜きに、夏野菜のピラフ
週末の帰宅時、最寄り駅にあるスーパーTでとうもろこしを物色する。
1本、198円。
この価格はかなり高いのだが、とうもろこしは、そろそろ旬が終わる時季。
現に、駅と家の中間にあるもうひとつのスーパーSでは、店頭からその姿が消えて久しい。
今年はもう最後かもしれないと思い、3本購入して店を出る。ところが、その後に立ち寄ったスーパーSでは、とうもろこしが1本99円で売られていた。
最盛期の安さでまさかの復活、これは痛恨である。
そのうえ、よく太っていて、スーパーTよりこちらの方が状態もよさそう。
発作的に3本を手に取り、買い物かごに入れた。とうもろこしは、合計6本。
スーパーTの3本は、@198×3=計594円。
スーパーSの3本は、@99×3=計297円。
合計すると、6本で891円だから、1本の平均購入単価は148.5円になる。
つまり、1本198円の高値でつかんでしまった失敗を、
安くなったものを買い増すことで、少しだけリカバリーしたのである。株の世界ではこの買い方を、「ナンピン買い」というらしい。
もちろん、最初から底値である99円で買えていれば大勝利なのであるが、
そんな「たられば」の話をしても仕方がない。
あくまで、高値で掴んでしまったことから始まった話だからである。季節最後のとうもろこしは、他の夏野菜とともに、ピラフを楽しむことにした。
夏野菜のピラフ(2人前)
〈A〉
ツナ缶 小1缶
枝豆 1つかみ程度(ゆでてさやから出し薄皮をむく)
とうもろこし 1/2本(包丁で実をこそげる)〈B〉
たまねぎ 1/2個(みじん切り)
にんじん 1/2本(みじん切り)
パプリカ or ピーマン 1個(みじん切り)
しいたけ 2枚(みじん切り)米 2合
水 270cc
白ワイン 90cc
コンソメの素 2個(包丁で刻む)
オリーブオイル 大さじ2
ローリエ 2枚
白こしょう 少々
ドライパセリ 少々- 鍋にオリーブオイルを引き、みじん切りにした〈B〉を1種類ずつ炒め、取り出しておく。
- 米(研いで2時間水に浸してからザルに揚げ、30分以上置いたもの)を鍋に入れ、外側が透き通るまで軽く炒める。
- 水と白ワインを入れ、米が同じ高さになるよう均してから、1と〈A〉、コンソメの素、ローリエを載せて、ふたをする。中〜強火に掛け、沸騰手前になったらとろ火に落として14分炊き、火を止めて15分蒸らす。
- ローリエを取り出し、白こしょうを振ってしゃもじで混ぜ、盛りつけたらドライパセリを振る。
通常のピラフはバターを使うが、オリーブオイルでも十分おいしい。
むしろ夏野菜には、あっさりしていてバターより合うんじゃないかと思う。株のナンピン買いの利点は、売り抜けるまでの時間が短くなること。
とうもろこしの値段にたとえるなら、初めに買った198円まで値を戻すのを待つことなく、
148.5円まで値上がりすれば利益が出るようになるのである。株式の売却で利益を得ることを「利食い」という。
ナンピン買いで得た大量のとうもろこしのほとんどは、
まとめてゆでてから実をこそげ、小分けにして冷凍に回した。
そして、旬からいちばん遠くなった時季に解凍して、
炊き込みごはんやサラダ、スープなどで「利食い」するつもりだ。