• 第15の皿 行列は出来ない、焦がしねぎラーメン

    ラーメンは、つくづく特殊な食べ物だと思う。
    中華料理の一メニューから、今や多くの専門店が軒を連ねる国民食にまで進化した。
    同じく海外発祥のカレーやパスタも、似たような進化をたどって
    国民食となった料理だが、大きな違いがひとつある。
    それは、ラーメンには「ラーメン道」があることだ。

     

    「ラーメンみち」ではなく、柔道や茶道と同じ読み方をする「ラーメン道」。
    それは、一般の飲食店とは比較にならないほどの情熱で
    道を究めんとする志を持った、精神性の高いムーブメント。
    カレー店やパスタ店を営む料理人にも、理想の味を求めて
    精進する人はいると思うが、その数は明らかに違う。

     

    味は塩か醤油か味噌か、だしは獣系か魚系か、
    麺は太いか細いか、チャーシューは何枚で厚みはどうか。
    あらゆる要素に店主の「こだわり」が込められ、
    どの店にも似ていない「魂の一杯」が紡ぎ出される。
    雑誌などで見る店主の写真は、腕組みをして、
    まっすぐに前を見据え、見るからに頑固者といった風情。
    服装も、モノトーンのシャツか作務衣が多いのも、ストイックな印象に拍車を掛ける。
    スタッフも体育会系というか、他ジャンルのお店に比べて格段に「男くささ」が高い。
    特に、後から広まった「つけ麺」のお店は、以上の傾向がかなり強いようである。

     

    このように頑張っているお店にはたいがい行列が出来るので、
    客も自ずと「並んででも食べたい」という情熱を持った人々に絞られる。
    食べ物屋に人が並ぶという光景は、
    世界的に見ても非常に珍しい現象なのではなかろうか。

     

    私は「並んでまでは食べない」ので、
    残念ながらこうした専門性を持ったお店に行ったことがない。
    行くのも、行列の出来ないお店ばかり。
    今回は、そんなお店にヒントを得た「一杯」である。

     

    焦がしねぎラーメン

     

    長ねぎ 1本(白い部分はみじん切り、青い部分は小口切り)
    ごま油 大さじ1
    生中華麺 1玉

     

    〈スープ〉
    鶏ガラスープの素 大さじ1
    塩 小さじ1/2(良質なものを)
    白こしょう 少々

     

    熱湯 500cc

     

    1. 多めのごま油を熱したフライパンに、長ねぎ(みじん切り)を入れ、焦げ色が付き、
      香ばしい匂いが出るまで時間を掛けて、半ば揚げるように炒める。
    2. 1と鶏ガラスープの素と塩、白こしょうを丼に入れておく。
    3. 取っ手付きのザルに1人分の麺を入れ、たっぷりのお湯を沸かした鍋
      (パスタ鍋を推奨)で表示時間より少し短めにゆでる。
      この間に、丼に熱湯を注ぎ、混ぜ合わせる。
    4. 時間が来たらすぐにザルを引き揚げ、湯を切って手早く丼に空け、
      丼の中で麺をほぐしてから、小口切りにした長ねぎ(青い部分)を載せる。

     

    日本そばで言うなら、ほとんど「かけ」。
    シンプル極まりないが、揚げるように焼いたねぎの香ばしさで、
    十分おいしいラーメンが味わえる。
    シンプルなだけに、スープ用の熱湯は事前に沸かしておくなど、
    手際のよさが味の分かれ目になる。

     

    家庭でおいしいラーメンを食べるために、大切なのは「湯切り」。
    そして、もうひとつ大切なのは、たとえ2人分作る時でも、麺は1人分ずつゆでること。
    この2つの要素を同時に満たすのに必要なのが、「取っ手付きのザル」だ。

     

    背の高いパスタ鍋などでザルごと麺をゆで、ザルごと引き揚げる。
    ザルを上下に振るだけで、とてもよく湯が切れて、
    スープを張った丼をめがけて傾けるだけで、麺が滑っていく。
    こうして手際よく調えられた麺は、食感が明らかに1ランク上がる。

     

    それまで、家庭で作る生ラーメンはあまりおいしくないと思っていた。
    だが、今思えば、2人分をいっぺんにゆでて、そうめんのようにザルにあけ、
    取り分けているうちに麺がのび、固まってしまったものを
    スープでほぐして食べるようなラーメンが、うまいわけがないのだ。

     

    以上が、家庭で食べる生ラーメンにおける、私の「ラーメン道」である。

     

  • 第14の皿 秋を味わう、さんまの蒲焼き

    短い秋である。
    私が生まれ育った南関東地方ではかつて、
    四つの季節はほぼ均等に三ヶ月周期で巡っていたような気がするのだが、
    近年では春と秋はそれぞれ、夏と冬の間に申し訳程度に挟まっているという印象である。
    あいさつも大抵「暑いね」「寒いね」のどちらかで済んでしまい、
    「いい季節だね」と言える機会がほとんどなくなっている。
    日本は、二季になってしまうのだろうか。

     

    それでも、食べ物の旬は、ちゃんと季節を守ってやって来る。
    秋はいろいろなものがおいしくなるが、
    この季節の風情を特に感じさせてくれるのは、さんまである。
    当て字ではあるが、秋刀魚という文字が、
    季節を背負って立つエースの誇りを漂わせて頼もしい。

     

    さんまと言えば、思い浮かぶのは、やはり塩焼き。
    こんがり焼いて、すだちを搾り、大根おろしを添えて、しょうゆをひとたらし。
    まさに秋の醍醐味だが、我が家ではあまりこの食べ方をしない。
    グリルの後片付けが面倒だし、大根をおろすのもひと仕事だからだ。
    では、どうするのか。
    三枚におろしたものをフライパンで焼き、調味料を絡めて蒲焼きにするのである。

     

    さんまの蒲焼き

     

    さんま 2尾(三枚におろす)

     

    しょうゆ 大さじ1
    みりん 大さじ1
    砂糖 小さじ1(あれば、水飴)
    片栗粉 少々
    サラダ油 大さじ1

     

    粉山椒 少々

     

    1. 三枚におろしたさんまに塩(分量外)を振り、10分置いてから水気を拭き、片栗粉をまぶす。
    2. サラダ油を引いたフライパンに1を皮目から入れ、アルミホイルでふんわりと覆い、弱火で3分焼く。もう片面も同様に焼いて、取り出しておく。
    3. 小フライパンに調味料を入れて煮立たせ、2を戻し、弱火で1分ずつ両面を熱して調味料を絡める。
    4. 適当な長さに切り、粉山椒を振り掛ける。

    三枚おろしの方がよほど面倒と思われそうだが、
    魚を捌けない私は、すでに三枚におろされたさんまを買ってくる。
    おろしたものがなかった場合でも、魚屋さんはもちろんのこと、
    スーパーでも鮮魚売場のスタッフにお願いすれば大丈夫。
    たとえ「50%引き」のものでも、気持ちよく応じてもらえる。

     

    片栗粉をまぶしてカリッと焼いたものを、小フライパンで調味料に絡める。
    すると、片栗粉が溶け出して、極上のタレになる。
    このタレを、炊きたてのごはんにかけて、
    蒲焼きを載せれば、たちまち丼が出来上がる。
    また、にゅうめんに載せて「にしんそば風」にするのもよい。
    もちろん、そのままでも最高のごはんの友だが、
    何で食べるにせよ、粉山椒をたっぷり振るのがおすすめである。

     

  • 第13の皿 カルロスシェフのハムライス

    昔、借りていた部屋の近くに、地中海に浮かぶ、
    スペイン領の島の名が付いたレストランがあった。
    とても暑い夏の日に、漆喰の白い壁を背に飲むガスパチョは、
    まさに地中海を思わせる味だった、
    と、地中海をよく知らないのに言い切るが、今日は別の料理の話である。

     

    その店には、「シェフのおまかせハムライス」という定番メニューがあった。
    ハムライスと言えば、プレスハムとごはんをケチャップで炒め、
    プリン型に盛って日の丸の旗を立てた、
    お子様ランチに入ったそれを思い起こす向きもあるかもしれない。
    それはそれでおいしいが、このハムライスは違う。
    この店では自家製スモークハムの販売もやっていて、
    そのハムが数種入ったガーリックライス、というのがその正体。
    だから、かなりの大人あじである。

     

    定番なので、ランチセットの一部に組み込まれることはない。
    なので、どちらも食べたい余りに、
    ランチの完食後にハムライスを頼む暴挙に出たこともある。
    そんな無茶なオーダーにも笑顔で応えてくれたのが、
    スペイン人の雇われシェフ・カルロスさん。
    まれにシェフ不在で、他のスタッフが作ることもあったが、
    その時の味は、おいしいのだが食感が違う。
    カルロスさんのハムライスは仕上がりがサクサクして、明らかにうまかったのだ。

     

    やがて私は引っ越しをして隣町に移ったが、この味を求めて足繁く通っていた。
    だが、いつの間にかカルロスさんはいなくなった。
    オーナーが替わり、スペイン料理の看板を下ろしてしまったのだ。
    焼きたてパンを中心に生まれ変わった店は、
    近隣に住むマダムたちで賑わうようになり、私が行くことはなくなった。

     

    それから10年後。
    もう永遠に食べられないと思っていたハムライスを、
    試行錯誤の末、かなり近いところまで再現することができた。
    カルロスさんにはとても敵わないが、
    シェフ不在時に店番できるくらいの味にはなったと思っている。

     

    ハムライス

     

    ごはん 1合

     

    スモークハム or ベーコン 20g(短冊切り)
    生ハム 20g(短冊切り)
    たまねぎ 1/4個(みじん切り)
    にんにく 2かけ(みじん切り)

     

    オリーブオイル 大さじ2
    パプリカパウダー 小さじ1/2
    バジルパウダー 少々
    こしょう 少々
    しょうゆ 少々
    ドライパセリ 少々

     

    1. フライパンにオリーブオイルを引き、たまねぎをくったりするまで弱火で炒め、端に寄せる。
    2. にんにくを焦がさぬよう炒めてから火を止め、端に寄せる。
    3. スモークハム、生ハムを並べてから弱火にかけ、じっくり炒める(カリカリにしないこと)。
    4. パプリカパウダー、バジルパウダーを加え、ハム、たまねぎ、にんにくと混ぜ合わせる。
    5. ごはんを入れ、具と混ぜ合わせながら炒めていく。
    6. こしょうを振り、味を見ながら少しだけしょうゆを加える。皿に盛り、ドライパセリを振り掛ける。

     

    お店の味を再現できた最大のポイントは、食後の皿の記憶。
    うっすらと残る油が、オレンジ色に染まっていたことだ。
    ラー油の色に近いが、もちろん辛みはないし、そもそも中華ではない。
    考えること数ヶ月。やがて、この不思議な色は、
    パプリカパウダーがオリーブオイルに溶け出したものだと気づいてから、
    カルロスさんの味に一気に近づくことができた。

     

    レシピは1合で書いたが、我が家では1人前の分量である。
    一般的には2人前なのだが、このハムライスは瞬く間に食後が訪れるので、
    2人で1合ではどうしても物足りないのだ。
    レシピの開発初期は常識的な分量で作っていたが、
    食後に必ず、満たされぬ思いと激しい後悔に苛まれることが続いたため、
    最初から2合で作ることが決まりとなった。
    その代わり、おかずは一切要らない。
    満足度が極めて高い一皿である。

     

  • 第12の皿 冷やして食べる夏おでん

    今年の夏も、暑かった。
    毎年毎年、同じことを言っている気がするが、実際に暑いのだから仕方がない。
    暑いのならば少しくらい食欲がなくなってもよさそうなものだが、
    その辺はあまり変わらないから困りものだ。
    だが、さすがに熱いものはあまり食べたくならない。
    そう、冬においしい鍋物のようなものは。

     

    以前なら、部屋をクーラーでガンガン冷やして食べる鍋というのも一興だったが、
    厳しい電力事情の折、そんな贅沢をするわけにもいくまい。
    ならば、冷たいままでもいける鍋を作ろうではないか、というのが今回のテーマ。
    そこで、私が考えたのは、冷やしおでんである。

     

    おでん鍋にはあまり見かけない夏の具材と、
    冷えたままでもよさそうな具材を選んだ。
    多めに作って、残りは冷蔵庫に入れる。
    再び食べる際に、温め直しをしなくてよいのも、なんかエコである。

     

    夏おでん(4皿分)

     

    〈A〉
    とうもろこし 1本(4分割)
    冬瓜 1/8個(ひと口大に)
    結びしらたき 4個
    こんにゃく 1枚(下ゆでして、半分の薄さに切って2分割→対角線に切る)
    木綿豆腐 1丁(水切りしておく)

     

    〈B〉
    完熟トマト 4個(熱湯に10秒浸けて湯むきする)
    ミニトマト 1パック
    おくら 4本
    グリーンアスパラ 4本(2分割)(下半分はピーラーで皮をむく)
    ゆで卵 4個
    はんぺん 1枚(2本の対角線に切って4分割)

     

    〈だし〉
    白だし 大さじ6
    みりん 大さじ3
    酒 大さじ3
    塩 少々
    水 1500cc

     

    ゆずこしょうor粒マスタード お好みで

     

    1. だしを張った鍋に〈A〉を入れ、ふたをして中火~煮立ったらとろ火にして20分ゆでる。
    2. 〈B〉を加え、軽く煮る。
    3. 火を止めて常温になるまでそのまま置き、冷蔵庫に入れる。
    4. 十分に冷やしたら、冷蔵庫から取り出して器に盛り、ゆずこしょうか粒マスタードを添える。

     

    昨今は、熱いおでんにもトマトを使うお店があるようだが、
    だしが染みて、なおかつよく冷えたトマトもまた、絶品である。
    そんなトマトの赤と、とうもろこしの黄色、おくらとアスパラの緑と、
    おでんらしからぬ夏色なひと皿が出来上がった。
    薬味として、ゆずこしょうか粒マスタードを添えれば、食欲もさらにアップ。
    冷えた酒が止まらなくなる味である。

     

  • 第11の皿 今年も梅仕事、梅酒

    ひと昔まえ、どこの家庭にも、手造りの梅酒があった。
    台所の流し台の下あたり、フライパンや鍋の横に、
    まるでキッチンの標準装備であるかのように、置かれていたはずだ。
    我が家にも、かつて梅酒があった。
    いつ頃造ったのか、もらいものだったのか。
    家族の誰も酒を飲まないものだから、ずっとずっと眠っていた。

     

    そんな調子だったので、梅酒に関する思い出は、一切ない。
    家族に隠れて飲んだら酔っ払ってひと騒動起こした10歳の夏、
    みたいなエピソードがあれば、このコラム的にはよかったのだが。

     

    家の梅酒は、何回か引越しをするうちに、いつの間にか消えていた。
    もし大切に取っておいたら、今頃は何年物になっていたのか。
    誰も手を付けなかったあの梅酒が、とても貴重なものに思えてくる。

     

    昨年、梅酒を初めて造った。
    ホワイトリカーに漬け、氷砂糖が溶けるまで毎日ビンを揺すって、丹精込めて育てたものである。

     

    梅酒(一升分)

     

    青梅 1kg(南高梅でも可)
    氷砂糖 500g(酸っぱめ)〜1kg超(かなり甘め)
    ホワイトリカー(アルコール度35度) 1800ml

     

    密封できるガラスビン 4リットル用

     

    1. 梅を半日水に浸けたのち、水気を拭ってから一昼夜かけて完全に乾かす。
    2. つまようじでヘタを取った梅と氷砂糖を、熱湯消毒したビンに交互に入れる。
    3. ホワイトリカーを注ぎ込み、密封して冷暗所で保存する。

     

    3ヶ月過ぎれば飲めるようだが、熟成の目安である1年寝かせてから解禁した。
    梅酒を別の容器に移し、梅の実は取り出してジャムに加工する。
    空いたビンには、新しい梅とリカーを入れ、翌年の梅酒を造るのだ。

     

    この一連の作業は、「梅仕事」と呼ばれる。
    毎年6月の梅仕事は、我が家の初夏の風物詩となりつつある。
    ひとつだけ残念なのは、造った梅酒が、
    年代物に育つ前に消えてしまうことである。