• レコードの日々

    何事も「初めて」というのは緊張するものです。
    初体験から初ガツオまで、ショとか、ハツとか、ハジメテ、とか
    そういう接頭語がつくとなんとなくくすぐったいというか、切ない気分になったりもします。
    身近なところでいうと新入社員。
    今年も何名かの新人が入社し、初出社や初任給はもちろん、
    初電話応対、初名刺交換、初打ち合わせ、そして初失敗、初注意、と、
    さまざまな「初めて」を味わっているようです。
    その上、この5月にはオフィスも8階と9階に会して、
    新人だけでなく私たちも「初めての日々」を送っています。

     

    十年くらい前でしょうか。
    衝動的に向学心に燃えて語学学校に通っていたことがあります。
    もちろんもう新人でもなんでもない会社生活の傍らに。
    その時同じクラスにいた制服姿の女子高校生が新鮮で、
    これはぜひともコミュニケーションをとってみたい、と思いました。
    私の口をついて出た言葉は「初めて買ったレコードって何?」。
    その時の彼女の困った顔が今でも忘れられません。
    「レコードって何ですか?」っていうまなざしです。
    「CDですけど」っていう口元です。
    そのリアクションに予想外に動揺してしまい、何かこたえてくれたとは思いますが覚えていません。
    “そっかー、若い子にレコードって言ってもわかんないのか、CD、CD”。
    心のNGワード帳にメモった最初の言葉です。

     

    しかしそれからはなぜかこの質問が気に入り、
    会話がつまった時や、逆に酔っぱらって饒舌になった時に連発して、
    こたえを聞いては勝手に納得しています。
    それがレコードでもCDでも、曲名やアーティストによって何となく年齢の見当もつくし、
    その人の好みはもちろん、場合によっては出身地や家族構成とかも見えてきます。
    意外と会話がひろがって予想外に盛り上がることも。

     

    それでも近いうちに、「初めて買ったCDって何?」にも怪訝な顔をされ、
    「初めてダウンロードした曲、何?」にシフトしなければならなくなるんでしょう。
    今年の新人にはまだ平成生まれはいないそうですが、
    そんな社会人が増えるに従って、CDも姿を消していくんでしょうね。

     

    ちなみに私が初めて買ったレコードは、フィンガー5の「恋のダイヤル6700」。
    父にねだって、妹といっしょに
    商店街のレコード屋に連れていってもらったことを鮮明に覚えています。
    ついでですが、初めて買ったCDは多分チェッカーズのアルバムのどれか。
    レコードがCDにとってかわっていった段階は、
    他にすることがたくさんあったんでしょう、何となくの記憶しかありません。
    縦長のシングルCDも何枚か持っていました。
    で、ダウンロードはというと……。

     

    そういえば初めての音楽ソフトがカセット、という人もいました。
    その人の場合は、サザンオールスターズ。
    くすぐったく、切ない、昭和の記憶です。あーあ。

  • 桜の日々

    前回このコピーブログを更新したのが3月11日金曜日の午前中でした。
    そしてその午後には、日本が一変しました。

     

    ビルの8階にあるオフィスで体験した尋常じゃない揺れ、
    ネクタイを締めて、ハイヒールを履いて、
    ヘルメットをかぶった人があふれていた日比谷公園、
    つながらない携帯電話やメール、
    続く余震、動かない電車、錯綜する情報、
    都外の自宅まで歩いて帰るとオフィスを出ていった背中、
    パソコンに向かって作業を続けていた横顔、
    会議室で深夜までいっしょに過ごしたあまり喋ったことのなかった後輩、
    午前3時過ぎの薄暗い赤坂見附の駅のホーム、
    明け方たどり着いた自宅に散乱した衣類や本、
    あの日自分が体験した、いくつもの一生忘れられないこと。

     

    でもそんなの全然大したことじゃなかった。
    語弊はあるかもしれないけど、ちょっとした避難訓練でしかなかった。
    もう、なのか、まだ、なのかわからないけれど、
    あれから1カ月。
    日にちが経つにつれ、毎日状況が明らかになるにつれ、
    被災という言葉や
    刻々と変わる数字や
    聞いたことのない専門用語や
    わけのわからない単位を何度も耳にするにつれ、
    何を言っても薄っぺらい気がして、情けないほどとまどい、途方に暮れている。

     

    他にくらべようもないくらいの恐怖や不安や悲しみを抱えられた方には
    ただただお祈りするしかできないし、
    現地で日夜さまざまな救助、支援、復興活動に従事している方には
    敬意を表することしかできない。
    そしてその上で、いま何ができるのか。
    幸いなことに自分には節約できる電気もあるし、
    歩いても帰れる家もある、
    仕事もできるし、募金箱に入れられる幾ばくかもある。
    まだまだ余震というには大きすぎる揺れも続くし、
    目に見えない放射能にも怯えるばかり。
    それでも、
    とにかくおなかに力を入れて日々を丁寧に暮らしていくしかないと思っている。

     

    東京では桜もピークを迎えました。
    今年の開花は例年よりも少し遅かったということです。
    自然の猛威に打ちのめされた日本にも、美しい桜の季節はやってきます。
    今年ほど強い気持ちでこの花を眺める年もないかもしれません。
    そして何年かかるか想像もできませんが、ほんとうの春が来ることを心から願います。

     

    と、書いてはいるものの
    やっぱり毎日すごくビビっています。
    カミサマ的な人がいるなら、「お願いします、日本にもうこれ以上のいろいろは勘弁してください」。
    気持ちも耐震構造にできるといいのに。

  • メニューの日々

    「いらっしゃいませ。何名様ですか。お煙草は吸われますか」
    「こちらグランドメニューになります。こちらはおすすめメニューとなっております。
    ただいま春のデザートフェア開催中でございます」
    「お決まりになりましたら、テーブルのブザーでお知らせください」
    そしてしばし。

     

    「お決まりになりましたでしょうか」
    のあと、人数分の注文を
    あのよくわからないがあとでいろいろなことが分析できそうな機械に打ち込まれ、
    復誦され、「では、メニューおさげします」
    ここまでよどみなく。

     

    次に、私はほぼ必ず言う。
    「メニュー置いといてもらっていいですか」と。
    追加でデザートを注文するつもりもないし、遅れて誰かがやってくるわけでもないのに。
    なぜかというと、
    ある種の人間にとってカレーが飲み物であるように、
    私にとってファミレスのメニューは読み物だから。

     

    ファミレスにそう頻繁に行くわけではないので、
    たまに出かけるとあのパウチされたでっかいメニューへの興味は尽きない。
    季節ごと(か、どうかはわからないけれど)に変わるメニュー。
    ざっと一読して、とりあえず適当に注文したあとは、熟読体制。

     

    おすすめメニューって何?
    やっぱり寒い時はあんかけか。
    この鱈のみぞれ煮はシルバー対応?
    ドリンクバー頼めばよかったような気も。
    和食セットと洋食セットと、デザートセット、どれが本当にトク?その違いは?
    アメリカンハンバーグ&サイコロステーキセット、もうこんなボリューム無理。
    春野菜って何だ?
    この黒酢チャーハンセット、コストパフォーマンスいいかも。
    今度来たらストロベリーパンケーキ頼もう。
    いや、塩チーズクリームパフェもうまそう。
    塩なんとか、ってつけると、なんか期待値あがるなあ。
    トマトフェアって?そういえばトマト鍋とか、トマト味って流行ってるわ。巷でも。
    生パスタか、生もいいよな。
    生キャラメルが爆発的に売れたのもネーミングのおかげが何割かはあると思う。
    なんか食べ物につくとぐっとくることばあるなあ。
    布とかあるね、最近。シルクなんとかとか。いっそカシミア鍋とかどうだろうか。
    何か高級でうまそうな感じ…。

     

    意外と読みごたえがあるんです、メニュー。
    ファミレスに関わらず、チェーン店の居酒屋でも、
    ファストフードのトレイの上にのってる紙でも(何ていうんですか、あの紙)。
    ちなみに小さい子どもを連れてファミレスに行くと、
    子ども用のメニューが出てくるんです。知らなかった。
    あれを初めて見せられた時は、ちょっと感心した。
    「そりゃそうだ、ファミリーレストランだもんな」と妙に納得して、
    連れの子ども以上に真剣に目を通したものでした。
    いわゆるお子様ランチ的なものの、
    肉バージョン、魚バージョン、寿司バージョン、麺バージョン、
    もちろんデザートもいろいろ、載ってたような気がします。
    もう1回見たいんだけど、身近に子どもがいないし。
    子連れじゃなくても頼めば見せてくれるんだろうか。ただ見たいだけなんだけど。
    そういうお客への対応もマニュアル化されているんだろうか。

     

    なんてなことを妄想していると、ちょうど
    「こちら、きのこハンバーグのチェダーチーズのせ、和食セットでございます。
    ご注文以上でよろしかったでしょうか。ごゆっくりどうぞ」と、
    奇妙な日本語とともにやってくるわけです。これもマニュアルなんだろうか。

  • あの頃の日々

    あれからぼくたちは何かを信じてこれたかな♪
    あの頃の未来にぼくらは立っているのかな♪
    名曲ですよ、スガシカオ作詞。

     

    もう夜空ノムコウ側を結構遠くまで来てしまったような気がします。
    「あー、やっぱり海鮮丼じゃなくて、生姜焼きセットにすればよかった」という
    昼ごはんの選択ミスレベルから、
    「あの人と結婚していれば今頃は……」の人生こんなはずじゃなかったレベルまで。
    後悔することはそれこそ夜空の星の数ほどありますが、
    とりあえず今、あの頃の自分に言ってやりたいことがあります。
    「なぜ楽器のひとつも弾けるようにしておかなかったのか」と。

     

    思春期にバンドブームの洗礼を受けた時、
    Fのコードで挫折しなかった男子は
    いつしかギターケースを背負って地元の安いスタジオで練習の日々。
    小学校の頃いやいやピアノを習っていた女子は
    キーボード担当として重宝がられいくつかのグループを掛け持ち。
    Fどころかギターとベースの違いさえよくわからず、
    鍵盤は猫踏んじゃった♪の1小節しか弾けなかった女子は
    ただただ変なエネルギーを持て余し、
    髪の毛を逆立て妙なメイクで誰かの真似をした、
    アマチュアバンドのボーカルに夢中になったりしていただけでした。
    自分ですが。
    つい先日レイトショーで「たまの映画」という映画を観て、
    何か強烈に“あの頃”のことを思い出し、記憶の扉が開きました。

     

    映画はというと、
    TBS系の深夜番組『三宅裕司のいかすバンド天国』(通称/イカ天)出演をきっかけに、
    1990年メジャーデビューした4人組(結成時は)のバンド「たま」を追った
    ドキュメンタリーとも言えない、ライブの記録映像でもない、
    まあ不思議な、それこそ「たま」らしい作品でありました。
    彼らの独特の音楽性については、興味がある方は動画サイトなどでご覧になってください。
    好きな人にはたまらん世界です。
    (しかし今さらながら、本当に便利な世の中になったもので。
    「マルコシアスバンプ」とのグランドイカ天キング争いがネットで見られるとは…)
    本当に久しぶりにスクリーンの中で彼らの現在の姿を見て、
    とにかく何かゆるぎないものがある、
    ブレない感じって、強い、と、つくづく思いました。

     

    「のだめ」にしろ「けいおん!」にしろ、
    自分で楽器を演奏したい!という欲求は誰にも眠っているんだろうなあと思います。
    だからストーリーになるし、ドラマになるんでしょう。
    目覚めさせるか、否か、で、大げさにいえばその後の人生が変わったりもしますが。

     

    これからでも遅くはないでしょうか。楽器の習得。
    あの頃の楽器店で「当方Vo.、Gt.Ba.Dr.募集」という
    “おまえ友だちおらんのかー”と、
    思わず関西弁で突っ込みたくなるような張り紙を見て、
    同級生と笑っていたことも思い出しました。
    すいませんでした、あの時のボーカルの人。
    今は、いつかあこがれの“メンバー募集”をやってみたいと思っています。

  • キャンペーンの日々

    ウサギ年ですよ、2011年。
    ぴょーんと行きたいものですが、ぴょーんという間に終わってしまうのかもしれません。
    今年もよろしくお願いします。

     

    この仕事をしていると、折に触れて関わることになるのが、「キャンペーン」。
    プレゼントキャンペーン、割引キャンペーンをはじめ、
    キャンペーンマニュアル、キャンペーンサイト、
    キャンペーンギャル、キャンペーン実施中…。
    さまざまな媒体でこの文字が躍っています。
    キャンペーンそのものの企画やタイトルを考えることはもちろん、
    コピーライターなら、
    入稿ギリギリまで変わる◆◆キャンペーンの応募要項のリライトや
    ポイント数の小さな◎◎キャンペーンの応募ハガキの文字校正、
    デザイナーなら、
    なるべくたくさんの案を見たい、というお得意からの要望の▲▲キャンペーンのロゴ制作、と、
    そんな仕事をもう何度となくこなしてきたことでしょう。
    誰しも記憶に残るキャンペーンのひとつやふたつ、きっとあるはずです。

     

    そこで明けて新年、
    小学生でもないので書き初めをすることもなく、
    有名芸能人でもないので新年の抱負をインタビューされることもない、
    そんな一般人の私たち。
    せめてこの1年、自分を鼓舞するための目標みたいなものを
    キャンペーンとして展開してみてはいかがでしょう。密かに。
    何でもいいんです、別に。
    「非モテ脱出キャンペーン」でも「懲りずにダイエットキャンペーン」でも、
    「自炊して貯金!キャンペーン」でも「ラップがうまくなるキャンペーン」でも、
    「もう酒に飲まれないぞキャンペーン」でも、逆に「酒強くなるぞキャンペーン」でも、
    「なんかの賞獲るぞキャンペーン」でも、
    「今さらながらスマートフォンデビューキャンペーン」でも。

     

    ちなみにかくいう私は、一昨年、昨年と実施していました、密かに。
    年々減っていく友人・知人を新規開拓するべく、人の集まる場所になるべく出て行ったり、
    何ならずっと連絡していなかった昔の知り合いに電話して不審がられたりしていた2009年。
    それは「フレンドリーキャンペーン」中のことでした。
    自分のみっともないところをあえてさらけ出し、なるべく無理せずためこまないと決め、
    酔った勢いでちょっとした秘密まで告白してドン引きされたこともある2010年。
    それは「カミングアウトキャンペーン」中だったからです。すいません。
    いずれもうまくいったかどうかはわからないですが、
    気持ちの上でのよすがにはなっていました、密かに。

     

    さて2011年はどうしよう。何かドタバタと始まってしまった気もするし。
    決まったらロゴのひとつも発注して、粛々と活動していきたいと思っていますが。
    まあ、ネガティブキャンペーンにはならないよう。
    いろいろと面倒な世の中ですが、出来るだけにこにこと笑っていられればいいと思います。

     

    あけましておめでとうございます。
    もう一度言います、今年もどうぞよろしくお願いします。