• ディセンバーの日々

    しわーっす。
    昭和のアニメのやたらな実写化について考える会 多摩地区代表のAKMです。
    ルパンと峰不二子を誰が演ればいいのか、誰ならみんなが納得するのか、
    この永遠のテーマに
    モンキー・パンチ先生がご存命の間に正しい答は出るのでしょうか。
    いや、出たのが今回のキャスティングなのですね。

     

    毎度似たようなことばかり書いている気もしますが、
    猛暑が終わったと思ったら、逍遥を楽しめるほどのいい陽気の秋もなく、
    あっという間に師走です。とうとうリアル「暦の上ではディセンバー」です。
    しかし、一時期あんなに夢中だったあまちゃんネタも、
    もはや消費され尽くしてしまった感は否めません。
    貴様、まだあまちゃんのことを言ってるのか、
    と銭形のとっつあんが手錠を振り回しながら追いかけてきても逃げ場所などありません。
    今年の流行語大賞も結局「じぇじぇじぇなおもてなし、倍返しするなら今でしょ」に決定しましたし。

     

    先日、今年のライブ納めに東京ドームに行ってきました。
    御年71歳の元ビートルズ、という歴史上の人物は、
    想像のはるか上を行く圧巻のパフォーマンスを披露し、
    二度とないだろうから高いけどしょうがない、と思っていた16,500円也のチケット代を
    倍払ってもよかったと思わせるだけの存在感、まさにレジェンドでした。

     

    そしてふと考えるのはそのあり余る感動を人に伝える時。
    「この前ポール観に行ってさぁ」と
    ファーストネームで呼ぶほどポール通でもビートルズ世代でもないし、
    かといって「マッカートニーがさぁ」では何様感が。
    結局無難に「ポール・マッカートニー観にいったんだけどさぁ」になるわけですが。
    なんか長いし、熱く語りたい割には距離があるような気もします。
    そして来年にはストーンズもまたやって来るらしい。
    大英帝国にいいようにカモられているような気もしますが、
    二度とないだろうから高いけどしょうがない、
    とまたチケットを買ってしまいそうな中高年がそこかしこに。

     

    ところで先生、と言えば誰ですか?
    中村雅俊ですか?
    「相棒」の水谷豊が先生をやってたことを知ってますか?
    金八先生ならどのシリーズですか。
    スクール☆ウォーズで泣いてばかりいた人ですか?
    GTO?ヤンクミ?最近では「鈴木先生」の長谷川博己もハマっていたと思います。
    子どもたちにはやはり大英帝国のスネイプ先生かもしれません。

     

    世代によって思い出す先生役が違うように、
    あなたにとっての人生いろいろ、ポールもいろいろ。
    ポール・サイモンなのか、ポール・スミス、ポール・ウェラー、
    ポール・ニューマン、ポール牧、
    あいにく年若いポールは知りません。
    いずれにせよ今年は個人的に音楽に随分と救われました。

     

    先生も走るほど忙しいから、師走とも言うらしいですが、
    今や年中師走です。気持ちは常に何かにせかされて走り回っています。
    暮れていく実感はまったくないですが、今年もお世話になりました。
    よいお年を。あざーっす。

  • タモリの日々

    先ごろ終了が発表されたその番組は、わたしが上京した年に始まりました。
    はじめて何人かで誰かの家に泊まって夜明かしした時、
    第一回の桜田淳子から始まったテレホンショッキングのゲストを
    順番に言い合ったことを覚えています。
    おそらく番宣ややらせなどといった大人の事情などなく、
    純粋に友達とか知り合いにつないでいた、
    何ならタレント本人が次の人に電話をかけていた
    32年前の「笑っていいとも!」スタート時の思い出です。

     

    その人からは強烈な夜の匂いがしていました。
    ちょうど思春期に入り、深夜ラジオを聴くことが許されるようになったわたしは
    水曜日深夜1時からの「タモリのオールナイトニッポン」に夢中になりました。
    どこから現れたのかわからない胡散臭さ、猥雑さ、
    四か国語マージャンやつぎはぎニュースなどの無国籍で無責任な芸風、
    しかしそこはかとなくあふれ出る知性や教養
    (そこはかとない、という言い回しもわたしはこのラジオから学びました)。
    早稲田、哲学、中退、ジャズ、ミュージシャン、アルコール、煙草…、
    地方の女子中学生にはもうとてつもない大人の世界です。
    山下洋輔や赤塚不二夫、高平哲郎といった当時の一流のクリエイターたちと
    四谷、新宿あたりの酒場で夜な夜な繰り広げられている宴の話を聞くたびに、
    そこで繰り出される、テレビはもちろんラジオですら披露できない、
    密室芸というものに想像を膨らませていました。
    いつか東京に行って、それを見てみたい、一緒に飲んでみたいと妄想していました。
    もちろん今でもしています。

     

    「また見てくれるかな?」「いいともー!」、という和気藹々の
    コール&レスポンスからまったく遠いところにいたはずのその人が
    アイパッチをサングラスに替え、
    お昼の顔になり、
    “お笑いビッグ3”と呼ばれるようになるまでにそう時間はかかりませんでした。
    軍団と呼ばれるような若手を育てることもなく、
    女優と結婚して家庭や子どもの話をしたりすることもなく、
    つるまず、こだわらず、求めず、顧みず、
    飄々というか恬淡とテレビの中に居続けました。
    そんな孤高の存在感が好きでした。
    だからこそ、赤塚不二夫の弔辞を読んだときに一瞬垣間見えた人間味に震えました。

     

    番組終了が発表されてからほどなくして、
    ラジオ番組に出演するというので耳を傾けてみると、
    パーソナリティの久保ミツロウと能町みね子を相手に、
    ラジオならではの下ネタをはさみながら
    「子宮」という形態模写?のようなものを披露していました。これぞ密室芸です。
    その場で見ることができた人を心から羨ましいと思いました、
    中学の時のように。

     

    「笑っていいとも!」が何年続こうと、
    心の底では「どうでもいいとも!」というスタンスだったであろうその人には
    “タモリ倶楽部”と“ブラタモリ”とラジオだけを続けてほしいと思います。
    時を同じくして、息子の不祥事を発端に大物司会者が番組を降板し、
    「はなまるマーケット」も終了が発表されました。
    テレビの時代が確実に終わりに向かっているということでしょうか。
    昔、住んでいた街を訪ねてみたら、
    当時行きつけだった定食屋が閉店していました。
    次に幕を下ろすのは何でしょうか。

  • 7年の日々

    「半沢直樹」の最終回の翌日は祝日でした。
    近所の公園にいたら、小学校低学年ぐらいの男児4人が虫取り網を振り回し、
    “倍返しだー”と言いながらあたりを走り回っていました。あんな子どもまで見ている。
    その時、多分視聴率はすごいんだろうなと予感しました。
    そして平均視聴率42.2%。
    続編への期待感もたっぷりの思わせぶりな最終回でした。
    しかし今や半沢は出向先で弁護士になって活躍しています。
    怖ろしいことに“やられなくても倍返し”するそうです。
    またいつか銀行に戻ってくるのでしょうか。

     

    「あまちゃん」の最終回は土曜でした。
    「あさイチ」で恒例となったイノッチと有働アナのあま受けもなく、
    まるで15分間それ自体が映画のエンドロール、
    出演者やスタッフのクレジット共に流れるダイジェスト映像のような
    最終回だったと思います。
    そして平均視聴率 関東地区20.6%。
    話題になった割には思ったほどの数字でないのは、
    見ている人は一定数で、語りたい声が大きかっただけなのかもしれません。
    特に40代以上の人間が。
    半沢直樹や大和田常務も、
    会社では倍返ししなければならないことや土下座したりさせられたりしたことを忘れて、
    家に帰れば録画した「あまちゃん」を見ていたかも。
    そしてみんなそれぞれの日常に戻っていきました、アキも能年ちゃんもわたしもあなたも。
    そんな淡々とした最終回でした。
    もしどちらかの番組のスピンオフがあるとしたら、
    国税の黒崎主演で「かまちゃん」を制作してほしいです。
    5分ぐらいでいいです、それ以上だとしつこいから。

     

    いつまでも終わったドラマを振り返っていてもしょうがないので、
    未来に目を向けてみると、2020年です。決まりました、東京オリンピック。
    個人的には、だらだらとそこらへんを歩いていたら、
    急に競技場のトラックの中に誘導された気分です。
    目の前に突然あらわれた7年後、それぞれの人生の中に、おそらく等距離ではないけれど、
    東京オリンピックまでのコースが設定されました。
    決定の報道に触れて、7年後の自分がどうしているのか、どうなっているのか、
    考えなかった人はいないでしょう。
    気が早いテレビ番組は“7年後の東京はメダルラッシュだ!”とかなんとか特集を組んで、
    小中学生の将来有望なスポーツ選手たちを取材したりしていました。
    わたしがたまたま話した現在小学6年生の女子は、その頃19歳。
    よくわかりませんが、競技会場でバイトする、と張り切っていました。
    出場を目指さないところが現実的です。

     

    そしてその先にはリニア中央新幹線までが設定され、
    品川―名古屋間が開通するのが14年後の2027年、
    品川―大阪間が32年後の2045年だそうです。
    自分自身の年齢を考えると、
    オリンピックはともかく、14年後、ましてや32年後は…、もう、どうでしょう?
    冥土のみやげにリニアに乗車、というわけにもいかず、すでに冥土に行っている可能性も。

     

    たとえば今年入社7年目の同僚のことを思い出してみてください。
    あの人やこの人や…、7年ってそんな月日です。

  • 34、5年の日々

    月曜から土曜までは「あまちゃん」、日曜は「半沢直樹」で2013年の夏が終わりそうです。
    幸せなドラマ体験の毎日、
    秋口から何を楽しみに生きていけばいいのかと思っていたら、
    すぐそこの日本テレビから朗報が舞い込んできました。
    わたしが今最も愛してやまないいろいろ紙一重の天才アーティスト、
    玉置浩二の久しぶりのドラマ出演が決まりました。
    彼の魅力については5回連載ぐらいでいずれ語りますが、
    土曜9時からの「東京バンドワゴン」が
    10月からのあまちゃんロス症候群を埋めてくれると信じます、
    少なくともわたしにとっては。
    彼が気まぐれを起こさず、収録に行ってくれさえすれば、
    亀梨和也主演のドラマは当たらない、というジンクスがあろうとも、
    幸せなドラマ体験の日々は続くと信じています、少なくとも私にとっては。

     

    そして玉置浩二の自由さと歌のうまさにやられた亀梨がいっしょに飲みに行き、
    そこに元カノ?の小泉今日子が合流。
    「あまちゃん」つながりで調子に乗って、鈴鹿ひろ美こと薬師丸ひろ子も呼んでしまい、
    いろいろあったこともすべて恩讐の彼方に、で、
    10月のオーチャードホールの
    「薬師丸ひろ子 35th Anniversary Concert2013」にゲスト出演。
    ふたりが結婚することになったきっかけの曲「胸の振り子」をデュエットして、
    それを客席で見ているわたしが涙にむせぶ、
    とここまで妄想しました。

     

    そして8月最後の土曜日、
    奇しくも薬師丸ひろ子と同じく35周年を迎えた
    サザンオールスターズのライブを茅ヶ崎で観る幸運に恵まれました。
    もう何千回、何万回と聴いた、なんなら飽きたとも言える数々の曲を
    砂まじりの茅ヶ崎で聴くことのできたスペシャル感に酔い、
    アンコールを終えた後には、
    汗だか涙だかなんだかわからない液体と砂と埃と潮風でドロドロになっていました。

     

    そして9月最初の日曜日、
    宮崎駿の何度目かの引退が発表されました。
    「ルパン三世 カリオストロの城」から34年、熱心なジブリファンではないので、
    彼や作品について語る口は持っていませんが、
    何年か後に鈴木プロデューサーが
    “宮さんが遊びでつくった短編がすごくいい出来なんだよ。どっかで公開できないかな”
    というような主旨の発言をしている気もします。

     

    相変わらず昔話ばかりで恐縮ですが、「あまちゃん」と宮藤官九郎が
    おじさんやおばさんに80年代を声高に語ってもいい、
    という免許証をくれたような気がします。
    この夏は何かに憑りつかれたかのようにライブ(というかコンサート)に行きました。
    フェスというやつには未だ参加したことはありません。
    ステージの上にいたのは40代以上のアーティストばかり、
    客層は男ならさまぁ~ずの三村かTIMの両方かビッグダディ、
    女なら大久保さんか西原理恵子か岩井志麻子の誰かに分類できます。
    どんなに残暑が厳しかろうと、こうしてわたしの2013年の夏は終わりました。
    しかし今年もあとカレンダー3枚とは。これこそ(‘ jjj ’)。

  • カラオケの日々

    誤解を承知の上で言いますが、3.11以来、国内に限らず、
    自然災害にさらされた場所の映像を見るのにすっかり慣れてしまったような気がします。
    全国的な猛暑で熱中症にかかる人が記録的に増え、
    都内で連日のように続く雷やゲリラ豪雨は、隅田川の花火大会を中止に追い込み、
    山口・島根をはじめ各地での豪雨は何人もの死者・行方不明者を出し、
    抗いようのない自然の猛威が、さまざまな記録をよくない方へ塗り替えています。

     

    とはいえ大上段からものを言う気はありません。
    ただ毎日金魚鉢の中にいるような湿気の中、銀座通りから松坂屋が消えたのは痛いです。
    昭和のお父さんが仕事を終えて、
    家に帰る前に寄る止まり木と言われたバーのようなスナックのような存在でした、
    私にとっての松坂屋は。
    会社から4丁目の交差点を越える旅の行き帰りに、
    ちょっと涼をとるのにちょうどいい止まり木だったのに。
    再開発され、大規模ショッピングビルに生まれ変わるのは4年後だそうです。
    その頃は何をしているんでしょうか。きっとあっという間なんでしょうが。

     

    1年のうちで一番いい時期は、「暦の上ではディセンバー」ぐらいかもしれません。
    ディセンバー、12月と言えば、もう年末です。
    あまちゃんももう終わっています。というか9月いっぱいまでです、あまちゃん。
    信じられません。10月から何を楽しみに朝を迎えればいいのか。
    その頃には日本中をあまちゃんロス症候群が襲っているのが目に浮かびます。
    そしてもし、12月に紅白に出演することまで想定してこのタイトルを付けたんだとしたら、
    重ね重ね、クドカン恐るべしです。

     

    先日、小さな同窓会のような集まりがあり、
    二次会で久しぶりにカラオケボックスに行きました。
    女子会というのはおこがましいので、婦人会と称しています。
    そこで無謀にも「暦の上ではディセンバー」を選曲した輩がおりました。
    誰もきちんと覚えていないので、
    Aメロ、Bメロはごまかして、サビだけみんなが声を張るという、
    よくあるグダグダっぷりです。

     

    松坂屋という銀座通りの止まり木が消えた今、
    私はもっぱら新宿の片隅にある真の止まり木でカラオケマイクを握ったりします。
    あまちゃんで言えば、梨明日のような店。
    そこはスナックという社交場、いや戦場です。
    見知らぬ人の選曲に唸り、負けじと選曲の機械を駆使して渾身の一曲を選び出す…。
    それがウケた時の恍惚感たるや。
    身内しかいないカラオケボックスがぬるま湯なら、
    全裸で熱湯コマーシャルに挑むような荒行です。嘘ですが。
    コミュ力だのコミュ障だの、甘っちょろいことは言ってられないのです。
    歌唱力はさっぱりですが、選曲力には自信があります。
    昭和歌謡には人生があるのです。
    しかしあまりに濃密なスナックの夜を過ごすと、
    「潮騒のメモリー」がノーメモリーになって、次の日は真っ白です。
    何も覚えていません。
    カラの財布とタクシーの領収書だけがすべてを知っている、真夏の夜の夢。

     

    さて問題です、本文中にはいったい何曲の曲名が?