気にしないが勝ち。

 

 

みなさま、あけましておめでとうございます。

 

あれ1月かな?と思ったあなた、もう2月です。\ガーン/

 

 

…はい、2019年最初のコピペです。

寒さと乾燥のダブルパンチで、風邪菌大喜びの毎日でも、

インフルエンザダービーに生き残りたいゆとりです。

 

 

年末年始の話は今さらかもしれませんが、

話したいので勝手に始めます。

 

皆さん、年末年始どのようにお過ごしでしたか。

実家に帰省、家族で海外旅行、友だちと初日の出ドライブ、紅白歌合戦を見ながら

こたつでぬくぬくカウントダウン、いやガキ使派だよ、いやいやジャニーズカウントダウン派だよ、いやいやいや(―――年末年始に戻りたくなってきた)

 

 

そんなゆとりは、大晦日から元旦にかけて友達とおでかけしていました。

何気ない会話を楽しんでいた途中、「年越しそば食べた?」と聞かれ、

ハッとしました。

 

 

「そば食べてないやんけ」

 

 

なぜ関西弁になったのかはわかりませんが、

少し気持ちが焦りました。

 

そして続けて思いました。

「(リアルタイムで)紅白もガキ使も見られない」

「(正月に向けて)家におせちもない」

 

 

あれ、年末年始らしいことできてる?

 

なんだか損したような気になりました。

自分なりに楽しんでいたはずなのに。

 

そういった理由で、世間話程度に振られた「年越しそば食べた?」が妙に頭に残ることに。

 

 

そして、1日夜21時過ぎ。

気がつけば、コンビニでみどりのタヌキを買っていました。

年越しちゃったけど。しかもインスタント。

 

次の日も、スーパーでゆであずきと越後製菓じゃない餅を買って、

お雑煮、おしるこ、そして普通に餅を焼いて食べました。\餅ざんまい/

そして、ガキ使も紅白も急いで見ました。

 

スピーディーに大晦日と正月にやりたかったことを詰めることで

気持ちは収まりました。

 

今考えると、様式に振り回されている。

そういう状態でした。

 

伝統文化は大切だと思うし、そういう雰囲気を楽しめる感性っていいはずなのに

様式にはまって生きていれば大丈夫、みたいな一種の安定剤として

餅を食べまくっていましたような気がします。

 

おかげでちょっと太りました。

(12月の記事の予告通りになってしまった)

 

現代社会は、食べ物でも娯楽でもなんでも、あらゆることに関して好きなときに好きなものを、というスタイルが当たり前のようになってきたと思います。

いちいち選ぶのが面倒なほど、あらゆる側面で多様化されているのです。

 

だから、餅を食べるタイミングとかいつでもいいのですが。

気持ちはちょっと違う。

 

 

 

例えば、最近聞いた話だと

レストランのクリスマスディナーは名前にかこつけて安い食材を高額で出すから、

あえて和食に行った方がコスパよく美味しく食べられて、店も空いている。とか。

 

お正月の福袋はいらないものが入っているから、だったら最初から自分の欲しい服を買ったほうが出費も減っていい、とか。

 

そんな話を聞きました。

 

コスパの面では、その通りです。波に流されない、冷静な判断にも納得もします。

ですが、賢く生きることと、伝統やイベント行事のワクワクって別だとも思うのです。

 

リアルタイムで四季を楽しむ、雰囲気代込みというか、

その瞬間にしかない空気も味わっている。そう、コミコミ価格。

 

和食よりも七面鳥食べてるほうが、今わたしクリスマスを過ごしている!とも思うし、

新年の福袋には、自分が普段買わないような服との新しい出会いが待っている。

 

年末年始には様式に振り回されている、とひねくれた気持ちにもなりましたが

そういう感覚も悪くないなと思いました。

様式も流行りも行事ごともハマってみると楽しかったりする…。

 

とまぁ、結論自分の中にあるミーハー精神を語っただけなのですが。

 

そして今年も、ミーハーなりに新しいものにどんどん飛びついていこうと思います。

猪突猛進なミーハー・・・なんだか怖いですね。距離を置きたくなります。

 

 

写真は、様式にはまらない野良猫。

(いや、彼らにも様式のようなものがあるかもしれない…)

 

 

おわり。