もういくつ寝ると新年の回
もう冬ですね。
すっかり冬です。
寒いですよ。
最近エレベーターでADさんに会い、
「寒いですね」
「そうですね~」
「・・・宝塚はアツいですか?」
「宝塚は・・・アツいです!!!!!」
「そうですか・・・」
という和気あいあいとした会話を繰り広げました❤
壮!宝塚はいつもアツいのです!
もうすぐクリスマスですね。
日本におけるクリスマス商戦の熱気は異常ですが、
ついついのせられてプレゼント買ったりケーキを買ったりしてしまうからこそ
経済が回っているだなとか正当化しています。
今年は何組のDVDにしようかしら❤
子供の頃、サンタへ手紙を書きました。
「サンタさんへ」からはじまる文章。
「○○がほしいです、おねがいします」
これだけ。
サンタもよくこんな稚拙な文章でプレゼントする気になってくれるものです。
わたしもちゃんとサンタを信じていたので、
12月24日は、2階の寝室をそわそわしながらうかがっていました。
母に「寝てからくるのよ」と言われても、
「なんか今2階で音がした!」と言って駆け出し、
2階の寝室の電気をつけるときのドキドキ感は忘れられません。
て、枕元になにもなかったのに、
ちょっと・・・窓があいてる気がする!と思って、
「サンタ一瞬立ち寄った説」をかたくなに信じようとしていた
子供の頃のわたしったらKA・WA・I・I!
だれも訪れていないのに気配があるって、
今考えたらただの怖い話ですけど・・・
で、翌朝。
12月25日。
目が覚めると、枕元にはちゃんとプレゼントがあったんです。
スーファミのソフトかい!ってママサンタは思ったと思うんですが、
わたしはもらったその日から飽きもせずひたすら、スーファミやってました。
大人になってからも、
やっぱり包装された自分あてのプレゼントはわくわくします。
そうこうするうちに、お正月ですね。
来年のことを言うと鬼に笑われてしまいますが、
お正月はやっぱりねぇ、おもちに、おせちに、おぞうにに、
考えただけでよだれがとまらないラインナップですよねぇ。
お正月は、近所のおじいちゃんの家に親戚が集まっていたので、
そこへ出かけていき、おじちゃんおばちゃんからお年玉をもらっていました。
お年玉・・・。
この頃から給与制度に慣れさせようといういわゆる経済教育なのでしょうか。
あの、1年ごとに少しずつ加算されていく感じは毎月の給与に似た感覚があります。
お年玉は概してポチ袋なので、小さいのです。
その小さな袋のなかに、千円札が折りたたまれて入っている。
小さな袋が窮屈そうにふくらんでいたら、
もらう前からにやにやして、それはそれはかわいくない顔でしょう。
ごくまれに、うっす!!!!!!と思わせておいて
袋を開けたら「五千円キターーーーーーーー❤」という場合もあり、
喜びもひとしおです。
現金な子供ですいません円・・・。
でも考えてみたら、そこまで親しくない子供たちにお金をあげるって、
面白いならわしですよね。
わたしの家族はそこまで親戚の付き合いが濃いほうではないのですが、
お正月の席にあらわれる「親戚ではないけど親戚も同然のおじさん夫婦」にも、
お年玉をもらったりすることがあって、お得だと思いつつ、
太っ腹だなーとかちびまるこちゃんのように冷静に思ったりしていました。
親戚のなかにいる父や母を見るのは、とても不思議でした。
父方のおじいちゃんの家だったので、
父はそこでは、「息子」であり、「兄」であり、「弟」でした。
聞きなれないあだ名で呼ばれる父の、お酒で赤らんだ顔を見て、
父にも育ってきた家族があるのだと、当たり前のことになんだか感動した覚えがあります。
とにかくいろんな料理が出てきて、たくさん食べて、
最後はだいたいうどんを食べていました。
だからおばちゃんが「うどん、やろうかね」というと、
それはもうおひらきの合図だったので、わたしはちょっとさびしかった。
うどんはとてもコシがあって、おいしくて、ちょっとせつない味でした。
たばこの煙と、空のジョッキと、喧騒と、大人たちの笑い声。
楽しそうで、でも子供は入れなくて。
あのとき、あのこたつのあるあの部屋が、世界のすべてのような気がして、
世界を外側からながめているようでした。
帰り道、酔いのまわった父に「たくさん食べたか?」と聞かれ、
「うん」と答えたときの、ちょっと大人になったような感覚はなんだったのかなと思いますが・・・
今はもう、あんなに大勢の親戚で集まることはありませんが、
お酒も飲めるこの年で、あの場所にいたらどうなるのかなぁと、ぼんやり考えています。
今年もあとわずか。
後悔しないように、今しか観られない宝塚を観ることにします☆