憧れ

中学生の頃、とある4コマ漫画にめちゃくちゃハマっていた。

 

絵はお世辞にも上手とはいえない。
内容もシュール過ぎて意味不明。
(4コマぜんぶ電波塔が「目からビーム!」しか言ってなかったりした)
掲載誌は一応メジャーな週刊誌だけれども
ページ数が少なくて存在感はほとんどなし。
あきらかに人気作ではなかったと思う。
けれど、当時の僕にとっては、まさにバイブル的存在だった。

 

なぜ、こんなにおもしろい漫画を描けるのだろう。
どんな思考回路をしているのか頭の中をのぞいてみたい。
やっぱり天才だったりしちゃうのかな。

 

姿はいっさい見えないけれど、
「おもしろさ」とは何たるかを教えてくれる作者に、
僕は思いを馳せていた。

 

時は過ぎて。

 

数年前、ふと何気なくその作者名を検索してみたところ、
「サイン会」というワードが目に飛び込んできた。
開催場所は都内の某書店。
しかも休日。

 

僕は速攻で書店に電話をした。
普段はこういうイベントに参加したりしないけれど、今回は特別。
なんせ、あの漫画を描いていた憧れの人に会えるのだから。

 

サイン会の会場には1時間前に到着したが、
もう既に順番を待つ列ができていた。
受付を済まして、列の最後尾に並ぶ。
何を話そうか。
何を伝えようか。
もやもやといろんなことを考えているうちに、
あっという間に自分の番が来た。

 

「次の方、どうぞ」

 

憧れの作者は長机の向こうにいた。
どこにでもいるような、メガネをかけた普通のお兄さんだった。
真剣な顔つきで、僕の手渡した単行本にサインを描いている。
ああ、この人があの4コマ漫画を描いていたのか。
本当に存在していたんだなあ…。

 

……はっそうだ、ぼーっとしている場合ではない。
何か話さなければ。中学生の頃の感謝を伝えねば…!
僕は慌てて作者に話しかけた。

 

僕「中学の頃○○○○○読んでました!」
作「そっすか」
僕「アッハイ」

 

対面時間、わずか1分ばかり。
交わした会話、たった一言。
中学の時に憧れていた人は、最高にそっけなかった。

 

今月末、作者の新刊が発売される。
今のところサイン会の予定はないらしい。
少しだけホッとしている自分が、いた。
なぜかはわからないけれども。