憧れ

「テキストサイト」という文化を知っているだろうか。文字通りテキストを主に使用したサイトのことで、2000年代の初め頃、ネット世界の一部で熱狂的なブームを巻き起こしていた。当時は光回線なんてなかったから、画像はとても重たくて使えない。使えるのは、ほぼ文字だけ。だが、その制限こそが独特のおもしろさを生み出していた。

 

北陸の片隅にいた私とテキストサイトの出会いは、たしか高校2年の頃だったと思う。放課後、クラスメイトから「めちゃくちゃおもしろいものがある」と教わったのだ。はじめは興味がわかなかった。テキスト?ようするに文章でしょ?漫画とかの方がおもしろいんじゃないの?なんて思っていた。だが、他の友人たちと学校のパソコン室に忍びこみ、パソコン画面を覗くと

 

新世界が広がっていた。

 

衝撃だった。脳天を金属バットでぶん殴られた感じがした。世の中に、こんなにおもしろいものが、あったなんて・・・!その場では少しかっこつけて「ふーん、けっこうおもしろいじゃん」なんて言っていたが、頭の中では興奮しっぱなしだった。

 

それからというもの、毎日のようにネットを覗く生活を送るようになった。侍●をはじめとした有名どころはもちろん、アクセス数がさほどない中小サイトまで片っ端からチェックした。赤裸々な日記だったり、時事ネタいじりだったり、小説だったり。どれも刺激的な内容で、人気やアクセス数に関係なく(当時はアクセスカウンターを置いているサイトがほとんどだった)おもしろいサイトは、それこそ星の数ほどあった。

 

今の時期になると、思い出すサイトがある。そのサイトの運営者は、なんと高校生だった。「はじめまして。高校生ですがよろしくお願いします!」という投稿を見た時は嘘だと思った。だが、嘘にしては内容があまりにもリアルだった。それまでは、ネットは大人のものだという認識だった。自分みたいな子供は、覗き見ることしかできないと思っていた。なのに、見ず知らずの同世代が発信する側になっている。そして、それを自分が読んでいる。不思議な感じだった。いつしか私は、彼のファンになっていた。

 

更新は毎日続いた。内容は学校のことがほとんどで、くだらないことが多かったと思う。けれど、そのくだらなさが心地よかった。同じくらいの歳の子の、遠く離れた街での生活を一緒に体験しているようで楽しかった。どこの学校にもだめな教師はいるんだな、とか。体育祭や文化祭はおんなじような時期にやるんだな、とか。いつも一緒に帰っていた友人に彼女ができたら少し寂しくなるんだよな、とかとか。

 

その日は突然やってきた。学校から帰ってきて、いつものようにサイトにアクセスすると、新しい投稿が上がっていた。

 

昨日、母親が言いました。

「受験勉強しないからパソコン禁止」

もう更新はできません。

今までありがとうございました。

 

あまりにも突然の別れだった。あわてて掲示板を確認したが(当時、たいていのサイトには掲示板ページがった)、もうリンクは消されていた。せめて最後にお別れの挨拶がしたかったのだ。だが、掲示板ページへのリンクは既になくなっていた。メールアドレスなんて、わからない。

とはいえ、親の隙を見て続けるんじゃないの?という気持ちもあった。だって、これまで毎日更新してきたじゃんか。それがいきなり途絶えるなんて。さすがにちょっと無理があるだろう、と。だが、それから一度もサイトが更新されることはなかった。何度ページを開いても、同じページが表示されるだけ。そのうち、サイト自体が表示されなくなった。名残惜しくて残しておいたブックマークも、いつしか弟によって消されてしまっていた。

 

ブームは過ぎ去り、今やネットには画像や動画で溢れかえっている。けれど、私はテキストサイトという衝撃を、あのおもしろさを忘れられないでいる。消えてしまった彼は、何をしているのだろう。受験は成功したのだろうか。きっと、本人はもうサイトを運営していたことを覚えていないかもしれない。けれど。私は、彼のファンなのだ。今でも。できれば、どこかで、また彼の書いたくだらない文章を読みたい。憧れは時間では消せない。むしろ濃くなる。

 

えーっと、実はコピペは終わります。次が最終回です。突然の別れになってしまい申し訳ありませんが、あと一回お付き合いください。では、また来月。