第85の皿 ご自由にどうぞ、冷やしたぬきそば
ご近所のおそば屋さんの軒先に、時々、ざるが置かれている。
その上には「ご自由にどうぞ」の札と、
天かすの入ったビニールが数袋。
何回も利用しているお店なので、ありがたく1袋頂戴する。
それにしても、気前のよいお店である。
天かすを持ち帰った人は、確実に自宅でそばやうどんをゆでるはずで、
店にとっては、みすみす一食分の客を逃すことになる。
まさに「敵に塩を送る」ならぬ、「客に天かすを贈る」である。
天ぷらの副産物である天かすは、
お店で使う分を除いたら、単なる廃材。
それでも、せっかく食べられるものなのだから、
捨てるくらいなら、という尊い思いもあるのだろう。
また、「おかげさまで繁盛しているから、一食分くらい、
どうぞご自宅で楽しんで」という余裕のなせる業かもしれない。
いずれにしても、素敵な心配り。
感謝しながら、さっそく楽しむことにする。
冷やしたぬきそば(2人前)
そば 乾麺200g or ゆで玉2〜3玉
天かす 1カップくらい
きゅうり 1本(斜めにスライス→縦に刻む)
かにかまぼこ 適宜(ほぐす)※かまぼこ、なると(刻む)でも
わかめ(乾燥) 1つかみ
貝割れ菜 適宜
水 400cc
かつおだし(顆粒) 1パック
だしつゆの素(3倍希釈) 大さじ2
しょうゆ 大さじ1
みりん 大さじ1
砂糖 大さじ1
- 食べる数時間前に片手鍋でつゆを作り、冷蔵庫に入れておく。
- 深めの鍋にたっぷりの水をゆで、麺を記載の時間通りにゆでる。
- ざるにあけ、よく水洗いをしてから氷水に取り、水を切って器に盛る。
- 具を載せて、1を回しかける。
お店仕込みの天かすで、家庭調理のそばとは思えないおいしさになる。
配った天かすがまずかったら、お店としては逆効果だが、
このおいしさをタダで提供してくれるのだから、好感度は上がる一方。
さすが「たぬき」、見事な太っ腹である。
そんな幸福な”たぬきライフ”に、突然終止符が打たれた。
閉ざされたシャッターに、手書きの小さな貼り紙があったのだ。
「美味しい蕎麦が打てなくなってしまいました。閉店させていただきます。
五十年に及ぶ長いご愛顧に感謝して、御礼申し上げます」
お店は、とろろが名物だったこともあり、
一度もたぬきを頼んでいなかったことを思い返し、後悔した。
引退されたご店主の、比べるもののないほどの
「他抜き」な幸福を、今はただ祈るばかりである。