第61の皿 苦い記憶と、さんまそば

テーブルがほぼ埋まっている割には、
店内が異様に静かだった時点で気づくべきだったかもしれない。
数年前に入った、古都の由緒あるお寺の門前の蕎麦屋の話である。
古刹名刹が居並ぶこの街の中でも、このお寺の敷地は群を抜いて広い。
だから、参拝に疲れて、皆の口数が少なくなっていると思っていたのだ。

 

それにしてもこの静けさは、何だろう?
ほどなくして、好きではない銘柄の瓶ビールとともに、
小袋に入ったままの柿ピーが無造作にテーブルに置かれ、
胸中の不安は確信に変わった。
「この店、ハズレだ・・・!」

 

ビールは、案の定、ぬるかった。
広い境内を歩き回り、喉を潤したかったから、
いつもなら絶対に頼まない銘柄でも、お冷や代わりにと頼んだのに。
高いお金を払って、冷水にも劣るものを持って来られた。

 

この時点で、やがて運ばれてくる「そば」への期待値はゼロだったが、
実際の味は、その覚悟をはるかに超えていた。
明らかに手打ちでないその麺には、コシというものがまったく存在せず、
目の前に置かれた時点ですでに、のびていた。
対照的に、サービスで添えられた「かやくご飯」には、歯応えがあった。
固めに炊かれたのではなく、水分に乏しい古米もしくは古々米を炊き、
時間が経過して生まれた固さと思われるから最悪である。

 

周囲を見渡すと、人々は皆うつむき加減で、
何かに耐えるように黙々と箸を動かしていた。
一刻も早くこの店を出たいのであろう。

 

後悔の念に、胸が押しつぶされそうになる。
たとえどの店を選んでも、この店以下ということはないだろう。
ファストフードだったら、この店のお代で3回は行ける。
市販の乾麺でも・・・レトルトでも・・・。
死んだ子の年を数えるかのような思いが脳裏を渦巻く。

 

悪いのは明らかに店なのだが、それを言っても始まらない。
結局は自己責任で、この店に入ってしまった自分を恨むだけである。
今回のレシピは、この店より確実にうまいと断言できる、このおそばを。

 

さんまそば(2人前)

 

さんま 2尾(三枚におろしたもの)

 

〈さんまの蒲焼き用〉
しょうゆ 小さじ2
みりん 小さじ2
酒 小さじ2
砂糖もしくは水飴 小さじ2

 

そば(乾麺) 200g

 

〈そばつゆ用〉
だしつゆの素 大さじ2
しょうゆ 大さじ1
みりん 大さじ1
酒 大さじ1
だし昆布 5cm角
水 800cc

 

粉山椒 お好みで

 

  1. おろしたさんまに片栗粉をまぶして、油を引いたフライパンで両面を焼く。
  2. 油を拭き取り、蒲焼き用の調味料を注ぎ、両面を煮る(1分ずつくらい)。
  3. 鍋に水とだし昆布を入れて加熱し、沸騰直前になったら昆布を取り出す。
  4. そばを「かけ」の規定時間通りにゆで、冷水で締めた後、熱湯を掛けて温め、丼に盛る。
  5. 丼に3を注いで2を載せて、粉山椒を振り掛ける。

 

ほろ苦いさんまの味が、
うまい具合にそばに絡む、にしんそばの
リメイク版である。
ゆかいならざる味の記憶も、このさんまそばで少しは
うさ晴らしができたと思う。
じんわりとおいしい、秋の味覚だ。

 

クリごはん、今回は「繰り言」のクリだった。