第2の皿 1995年のキャロットサラダ

今から15年ほど前、フランスに出張したことがある。
パリから300kmほど東に離れた、ドイツ国境にほど近いロレーヌ地方の都市・ナンシー。
食品工場とその周辺の取材だった。

 

アール・ヌーボー発祥の地であり、チーズとベーコンのタルト「キッシュ・ド・ロレーヌ」でも知られるが、
街の中心を少し外れると、どこにでもある普通の地方都市。
この小さな街で、一般家庭の夕食風景の撮影に立ち会った。

 

家庭料理とは言え、そこはフランスの晩ごはん。
さぞやバターと生クリームたっぷりで…と思いきや、極めて質素。
チーズにバゲット、くるみ、サラダ、ワインだけで、温かい料理がない。
これが平均的な晩ごはんだと聞かされたのには驚いたが、
毎日食べる家庭料理では、塩分や脂肪分も控えたいし、
そうそう手間も掛けられないのだろう。

 

訪問した一般家庭では取材だけだったが、
滞在中のランチは、取材先の社員食堂で毎日ごちそうになった。
鶏のホワイトソース煮や魚のムニエル、温野菜など、
きちんと湯気が立っている料理が大皿に盛られ、
1人ずつ取り分けていくという、着席式のビュッフェのようなスタイルだった。

 

そこで毎回必ず並んでいたのが、にんじんのサラダである。
もともとあまり好きではなく、生などはもってのほか、と思っていたにんじんだったが、
このサラダならいくらでも食べられる。
しっかりマリネされて生っぽさがなく、えぐみもないどころか、甘みすらある。
「さすが農業国だ」と讃えつつ、毎日よろこんでいただいた。

 

当時は自分で料理などしなかったし、本場フランスならではの味と思い込んでいたので、
にんじんサラダとの縁もこの時限りだったのだが、再現は思いのほか簡単だった。
旅の思い出の味は、今やデイリーフーズとなってしまったが、
誰もが手軽に作れてこそ、家庭料理として価値があると思う。

 

キャロットサラダ

 

にんじん 1本(せん切り=あれば、せん切り器で)
塩 少々

 

オリーブオイル 大さじ2
白ワインビネガー 少々
粒マスタード 大さじ1
黒こしょう(粗びき) 少々

 

ケッパー(酢漬け) 大さじ1
レーズン 大さじ2
くるみ 1つかみ(砕く)
ゆで卵 2個(くし切り=縦方向に4つ割)
ドライパセリ 少々

 

  1. にんじんをせん切りにして塩を振り、10分後に水気をしぼる。
  2. 1とケッパー、レーズンを調味料と和え、冷蔵庫で味をなじませる。
  3. くるみをフライパンで乾煎り、もしくはアルミ箔に載せてトースターで1分加熱する。
  4. 2を皿に盛り、ゆで卵を載せ、ドライパセリを振りかけて、3を周囲に添える。

 

ワインが非常によく進むこのサラダ、そのまま食べるのはもちろん、
バゲットやクラッカー、ラスクなどに載せたり、ロールサンドの具にしてもいい。
カマンベールなどのチーズも添えれば、気分はもうフランス人。
体内を流れる血がワインに変わるのも、そう遠い日ではないはずだ。

 

このサラダを「お惣菜用プラスチック容器」に詰めてみよう。
どこから見ても「デパ地下のデリ」だ。
日常食べる分にはケッパー以下の具材はなくてもOKだが、
すべてを揃えると、付け合わせの域を超えた、メインを張れるサラダが完成する。
ことに、ゆで卵やくるみとの相性は、抜群である。