第18の皿 真相は藪の中のハヤシライス

ハヤシライスは、ミステリーである。
その不思議な名前には由来が諸説あり、発祥も定まっていないのだという。

 

いちばん有力な説は、「ハッシュドビーフ with ライス」から、
「ハッシュド」が「ハッシ」→「ハイシ」→・・・と訛っていった、とするもの。
旧海軍のレシピ集にも「ハッシュドポテト」を「ハヤシ」と表記した箇所があり、
この説が正しいとする根拠として挙げられているとか。

 

次に有名なのが、東京・日本橋の老舗書店「丸善」を興した、
早矢仕有的(はやし・ゆうてき)さんの発案説。
親交のあった外国人の友をもてなした料理だとも、
医師でもあった彼が考えた理想の病院食とも、
丁稚たちに振る舞った夜食とも伝えられ、
現在でも丸の内本店や日本橋店などにある直営のカフェで
「早矢仕ライス」の名で提供されている。

 

さらに、「ハヤシ」の由来として誰もが真っ先に想像する、「林さん」説がある。
洋食店の林シェフが、ビーフシチューをごはんに掛けた賄い飯として考案した、というものだ。
その林さんは、老舗洋食店・上野精養軒のコックだった、
という説もあるが、真偽のほどはよくわかっていない。
だが、このお店は、林さんの話とは別の理由で「ハヤシライスの元祖」として名高い。
この店を経て、のちに”天皇の料理番”と呼ばれた秋山徳蔵氏による
「宮内庁風ハッシュドビーフ with ライス」のレシピを
神田・松栄亭とともに精養軒が受け継いだ、という歴史があるのだ。

 

他にも、門司港にある大衆食堂が急ぎの乗船客用に作った「早いライス」説から、
牛肉が一般的ではなかった時代に「そんなもん食べると早死にするぞ」の意味から付いた
「早死ライス」という物騒なものまで、さまざまな説が存在している。

 

ハヤシライス
〈4皿分〉

 

牛小間切れ肉 200g(塩・こしょう・薄力粉を振っておく)
ブラウンマッシュルーム 1パック(スライス)
たまねぎ 1個(薄切り)
オリーブオイル 少々

 

〈ドミグラスソース〉
たまねぎ 1個(薄切り)
バター 15g
薄力粉 大さじ2
赤ワイン 200cc
白ワイン 100cc
水 300cc
ココアパウダー(無糖) 大さじ1
コンソメの素 2個
トマトケチャップ 大さじ4
ウスターソース 大さじ2
ナツメグ 小さじ1
ローリエ 2枚

 

  1. オリーブオイルを熱した鍋で牛肉、たまねぎ1個、マッシュルームの順で1種類ずつ炒め、取り出しておく。
  2. 鍋にもう1個のたまねぎとバターを入れ、飴色になるまでとことん炒める。その後、薄力粉を加えて炒め合わせる。
  3. 赤ワイン、白ワインを加え煮立たせてから調味料を入れ、ふたをしてとろ火で30分煮込む。
  4. 1を戻してさらに30分煮込み、皿に盛ったごはんに掛けていただく。

 

ごはんは、白飯でもよいが、やはりバターライスで食べたい。
生米を透き通るまでバターで炒めてから、ローリエ1枚を加えて通常の水加減で炊けばよい。

 

さて、この料理の名前の由来だが、私は「ハッシュドビーフ with ライス」説を支持したい。
ハッシュドの訛りの進化は最終的に、「切る」の忌み言葉として用いた
「はやす(=生やす)」という古語と合体することで、ハヤシの名でめでたく定着したという。
そして偶然にも、英語のハッシュ(hush)も、「細かく切る」という意味。
和洋どちらの言葉も同じ意味を持っていたという事実は、
両者の融合で生まれた「洋食」を代表する料理の名にふさわしいと思えるからだ。

 

ドミグラスソースとごはんの取り合わせは、まさに「日本の洋食」。
本来はパンとでしか味わえないハッシュドビーフを、お米とも楽しむことができるのは、
日本人の特権である。