第13の皿 カルロスシェフのハムライス

昔、借りていた部屋の近くに、地中海に浮かぶ、
スペイン領の島の名が付いたレストランがあった。
とても暑い夏の日に、漆喰の白い壁を背に飲むガスパチョは、
まさに地中海を思わせる味だった、
と、地中海をよく知らないのに言い切るが、今日は別の料理の話である。

 

その店には、「シェフのおまかせハムライス」という定番メニューがあった。
ハムライスと言えば、プレスハムとごはんをケチャップで炒め、
プリン型に盛って日の丸の旗を立てた、
お子様ランチに入ったそれを思い起こす向きもあるかもしれない。
それはそれでおいしいが、このハムライスは違う。
この店では自家製スモークハムの販売もやっていて、
そのハムが数種入ったガーリックライス、というのがその正体。
だから、かなりの大人あじである。

 

定番なので、ランチセットの一部に組み込まれることはない。
なので、どちらも食べたい余りに、
ランチの完食後にハムライスを頼む暴挙に出たこともある。
そんな無茶なオーダーにも笑顔で応えてくれたのが、
スペイン人の雇われシェフ・カルロスさん。
まれにシェフ不在で、他のスタッフが作ることもあったが、
その時の味は、おいしいのだが食感が違う。
カルロスさんのハムライスは仕上がりがサクサクして、明らかにうまかったのだ。

 

やがて私は引っ越しをして隣町に移ったが、この味を求めて足繁く通っていた。
だが、いつの間にかカルロスさんはいなくなった。
オーナーが替わり、スペイン料理の看板を下ろしてしまったのだ。
焼きたてパンを中心に生まれ変わった店は、
近隣に住むマダムたちで賑わうようになり、私が行くことはなくなった。

 

それから10年後。
もう永遠に食べられないと思っていたハムライスを、
試行錯誤の末、かなり近いところまで再現することができた。
カルロスさんにはとても敵わないが、
シェフ不在時に店番できるくらいの味にはなったと思っている。

 

ハムライス

 

ごはん 1合

 

スモークハム or ベーコン 20g(短冊切り)
生ハム 20g(短冊切り)
たまねぎ 1/4個(みじん切り)
にんにく 2かけ(みじん切り)

 

オリーブオイル 大さじ2
パプリカパウダー 小さじ1/2
バジルパウダー 少々
こしょう 少々
しょうゆ 少々
ドライパセリ 少々

 

  1. フライパンにオリーブオイルを引き、たまねぎをくったりするまで弱火で炒め、端に寄せる。
  2. にんにくを焦がさぬよう炒めてから火を止め、端に寄せる。
  3. スモークハム、生ハムを並べてから弱火にかけ、じっくり炒める(カリカリにしないこと)。
  4. パプリカパウダー、バジルパウダーを加え、ハム、たまねぎ、にんにくと混ぜ合わせる。
  5. ごはんを入れ、具と混ぜ合わせながら炒めていく。
  6. こしょうを振り、味を見ながら少しだけしょうゆを加える。皿に盛り、ドライパセリを振り掛ける。

 

お店の味を再現できた最大のポイントは、食後の皿の記憶。
うっすらと残る油が、オレンジ色に染まっていたことだ。
ラー油の色に近いが、もちろん辛みはないし、そもそも中華ではない。
考えること数ヶ月。やがて、この不思議な色は、
パプリカパウダーがオリーブオイルに溶け出したものだと気づいてから、
カルロスさんの味に一気に近づくことができた。

 

レシピは1合で書いたが、我が家では1人前の分量である。
一般的には2人前なのだが、このハムライスは瞬く間に食後が訪れるので、
2人で1合ではどうしても物足りないのだ。
レシピの開発初期は常識的な分量で作っていたが、
食後に必ず、満たされぬ思いと激しい後悔に苛まれることが続いたため、
最初から2合で作ることが決まりとなった。
その代わり、おかずは一切要らない。
満足度が極めて高い一皿である。