走る日々

ちょっと羽目を外して飲みすぎて、足元がおぼつかなくなって、

転んで膝を擦りむきました。いい年をして。

血がにじむ膝に消毒液を塗ると、傷口に染みてすーすーしますよね。

そんな時に言います、「あー、はしる」、と。

あのちょっとうずくような身もだえするような感じは、

「しみるー」では伝わりません。「はしる」です。

「あー、はしるわー」なんです。私が育った町の方言です。

 

標準語では伝わりにくい、方言が持つ、独特のニュアンスがあります。

毎週楽しみに「走る」人の行方を見守っている、

大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』。

脚本の宮藤官九郎は2013年に手掛けた朝ドラ『あまちゃん』でも

「じぇじぇじぇ」という、

喜怒哀楽のどのニュアンスにも使い勝手のいい東北の方言を取り入れたように、

今回も既に印象的な言葉を電波に乗せています。

中村勘九郎演じる、主人公の金栗四三、

彼は生まれ育った熊本の言葉を話します。

「とつけむにゃあ」。初めて聞きました。

とんでもない、という意味の形容詞のようですが、

田舎育ちの彼にとっては大都会・東京も、

役所広司演じる恩人である加納治五郎も、

天狗倶楽部の三島弥彦が住む豪邸も

綾瀬はるかの絶対的なかわいさも、すべて「とつけむにゃあ」のです。

そして、毎回「すーすーはーはー」と呼吸しながら走りに走って、

とうとうストックホルムへ。

日本人初のオリンピックのマラソン選手になる彼もまた、

「とつけむにゃあ」男です。

 

『いだてん~東京オリムピック噺~』、

まだ前半が始まったばかりですが、

大河ドラマとしては視聴率があまりよくないらしく、

明治と昭和を行ったり来たりする展開に視聴者がついてこれないだの、

主人公が有名人でないからいけないだの、

古今亭志ん生を演じるビートたけしの滑舌が悪いだの、

来年開催される東京オリンピックのプロパガンダじゃないのかだの、

何かと外野がうるさいようです。

ちなみに、わたしがこうして熱く語っていることは、

『いだてん~東京オリムピック噺~』のプロパガンダです。

とにかく、今からでもまだ間に合います。

観て、おもしろいから。これからもっとおもしろくなるから。

阿部サダヲももっと出るから。

必死ですか、そうですか。

 

この大河ドラマの制作が発表された3年前に書いたブログの

一部を以下に引用します。

 

《そんなすっかりNHK世代になったわたしに、朗報が飛び込んできました。

それは2019年、

3年後の大河ドラマの脚本を宮藤官九郎が手がける、というもの。

『あまちゃん』の大ヒットで、みなさまのNHKにも認められた

クドカンが手がける大河ドラマに期待しないわけにはいきません。

しかも取り上げるのは戦国武将でも、天下人でも、幕末の志士でもなく、

2020年の東京開催を控えた「オリンピック」史のようなもの、らしいです。

もうこれだけで、わたしのアタマの中は妄想だらけです。

阿部サダヲを主役に、その息子を菅田将暉が演じ、

後は古田新太とか星野源とかピエール瀧とかそこら辺、

それから歌舞伎界から誰か若手を起用、

大体5人ぐらいを主軸にして、

タイトルは『五輪ジャー(仮)』でどうでしょうか。》

 

毎度同じようなことばかり書いていますが、意外と当たっていることもあり、

宮藤官九郎信者であるわたしは、

『いだてん~東京オリムピック噺~』の視聴率が走り出すことを

切に願っています。

しかしわたし自身は、電車の扉が目の前で閉まりそうになろうが、

待ち合わせに遅刻しようが、もう走り出すことはあまりありません。

いつからか、転ぶことを恐れるようになりました。

もちろん肉体的にですが、よく考えると精神的にもそうなのかもしれません。

この年になると、肉体と精神、

いずれの傷にも効く薬が少なくなってきたように思います。

「あー、はしるわー」と身もだえながらも、

塗ればすぐに治る消毒液があるといいのに。