証明の日々

「チケット注文 9割が自動プログラムから 買い占め転売狙いか」

猛暑や豪雨など相次ぐ自然災害に喘いでいた8月の終わりに、

こんなニュースを目にしました。

大手チケット販売サイトに、転売目的の買い占めと疑われる

botのアクセスが横行していることを取り上げたものです。

観劇クラスタであるわたしにとって、

チケット獲得のための先行予約サイトへのエントリーは

もはやライフワークです。

結果を知らせるメールを開くことは、

なにかの試験の合格発表を思わせる緊張感を伴い、

「残念ながらチケットをご用意することができませんでした」の1行に泣き、

「以下のチケットをご用意いたしました」の1行にまた涙するのです。

それがプラチナ、と評されるチケットであればあるほど、

喜びも悲しみも大きなものになります。

それだけに転売ヤーによる買い占めには憤りもありますが、

一方で、買う側のどんなにお金を出しても観たい舞台やライブがある、

というファン心理にも首がもげるほどうなずくことができます。

 

そんな背景もあってか、ライブ会場などで年々厳しくなるのが本人確認。

つい先日も、2024年以降に建て替えの決まった老舗ホール・中野サンプラザに

山下達郎のライブを観に出かけました。

その数日前からわたしのメールアドレスには

“絶対に顔写真付きの身分証明書を持ってこい。

もし忘れたらどんなにゴネても会場には入れてやらないからな。

わかったな。観られなくても文句言うなよ”

というような主旨のメールが何通か届いていました。

運転免許証を持っていないわたしの身分を証明してくれる

顔写真付きの証明書はパスポートしかありません。

何かの時に、と8年前に取得して以来、

なぜか1度も国際空港の出入国ゲートを通過したことのない赤いパスポートは、

もはやライブ会場の入場ゲートを通るためだけに存在しています。

65歳の後期高齢者になってしまった、と山下達郎本人がMCでも言っていましたが、

年齢も衰えも感じさせない3時間を超えるライブ。

歌声も演奏も素晴らしいもので、熱心なファンでもなかったわたしですが、

誰もが知っているヒット曲はもちろん、

たとえタイトルを知らなくてもあの頃街角に流れていた

耳なじみのある曲を生で聴いて、

当時着ていた自分のシャツの柄まで思い出すような時代の空気を

感じることができました。

終演後、立ち寄った店で、余韻をアルコールとともに反芻しながら、

“しかし今日はパスポートを持っている。

酔っぱらって失くしたりしたら大変だ”と、どこか冷静でもありました。

 

この7月には中国・四国地方を中心とした西日本を豪雨が襲い、

特に広島県の呉市、岡山県の倉敷市真備地区で被害が拡大。

その後も8月の猛暑を経て、

9月6日には大阪を中心に台風21号が猛威を振るい、

暴風に煽られたタンカーが橋げたに衝突したせいで

関西国際空港が陸の孤島と化し、何千人もの人たちが取り残されたままに

なりました。

さらにその救出もままならない9月6日の未明には、

北海道厚真町を震源に震度7の揺れを観測した北海道胆振東部地震が発生。

何を最初と数えればいいのかもわかりませんが、

まだ一つ目の傷も癒えていないのに、平成30年の夏、列島は傷だらけになりました。

被害に遭われた方には心からお見舞い申し上げます。

 

パスポートを持って呑気にライブを観に行ける幸せは失いたくないですが、

ここ何年かは、

いつどこで何が起こってもおかしくないと肝に銘じて生きています。

いつ誰が被災者になるかわかりません。

罹災証明書、という身分証明書を持つ日が自分にも来るかもしれない。

もうデフォルトとも言える、L字型に区切られたNHKのテレビ画面を見ながら、

粛々と暮らしています。

 

そして観劇クラスタと名乗っておきながら、

この度引退を発表したジャニーズ滝沢秀明の「滝沢歌舞伎」を

観に行かなかったことも後悔しています。

いつ誰が引退するかもわからないのです。

しかしわたしが言うのも何ですが、運営側にまわるという、

彼の選択は賢明だと思います。

組織というのは、できる30代が動かしていくものなのでしょう。

 

どこに行けるのかもわからないパスポートを眺めながら、

いろいろあった夏を惜しんでいます。

BGMは山下達郎の「さよなら夏の日」で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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