弁当の日々

弥生3月になり、一気に気温が上がっていますが、
個人的には春の予感も恋の予感もまだ感じられません。
会社内のどこかは冬でどこかは夏、というファンタジーのような空調システムのおかげで、
この冬はなんと1枚もニットを購入しないまま過ぎていきました。
薄手のカットソーに、ダウン仕様のコート、という
中の暑さにも外の寒さにも耐えやすい
陽気なアメリカ人のようなコーディネートで冬を乗り切ろうとしています。
こうして私のステータス画面の「女子力」は年々着実に減っています。

 

外は寒かったし、装備も弱いので、
レベル上げの旅に出てもスライム一匹倒すこともできません。
仕方がないのでなるべくHPを消費しないよう社内にとどまって、
昼もおとなしくお弁当を食べたりします。
たまに持参するお弁当の中身は大体決まっていて、
おかずは肉と卵ともうひとつ何か、の3品です。
ごはんはぎゅうっと詰め込んだ白ごはん。
気が向けばふりかけをかけたり、梅干しをのせたりする程度。
自分のためにつくるのなんてせいぜいこんなもんです。
レンジではあたためません、お弁当のあの冷めて蒸れたごはんが大好きなのです。

 

中学と高校の頃はお弁当でした。
母のつくるそれは醤油色のおかずばかりでビジュアルはさえませんでしたが、
出来合いの総菜を嫌った、今思えば手の込んだお弁当だったと思います。
それでも友だちの持ってくる小さなジャムの空きビンに入ったドレッシングや
ラップで巻いたサンドイッチ、
当時出はじめの冷凍食品の小エビのフライみたいなやつ(海老フライではなく)なんかが、
きれいでおいしそうで、うらやましかったこともよく覚えています。
キャラ弁全盛の今だったら、いたたまれなくてひとりで隠れて食べていたかもしれません。

 

そしてその頃、父もなぜか私たち姉妹がうらやましかったようで、
ある日母に、自分にも弁当をつくってくれ、と言い出しました。
自営だったのでお昼は家であたたかいごはんが食べられるのに、
わざわざお弁当を用意してもらっていた時期がありました。
朝のあわただしい時、
3つ並んだお弁当箱に父が自分でおかずを詰めていたこともありました。
なんで?と聞くと、「お弁当のごはんが好きなんだ」と。
私の冷や飯好きは父親ゆずりでした。
「冷や飯食いは出世しないんだ」と応じていた母。
だとしたら出世しないのも父親ゆずりでしょうか。

 

あたたかくなったら、コートとか、スカートとか、
新しい装備をととのえて外に飛び出そうと思います。
豪華弁当を持って出かけるのもいいかもしれません。
町の外には倒すべきモンスターはいるでしょうか。
ちゃらららっちゃっちゃっちゃーん♪
これからもまだ、レベルアップすることはあるでしょうか。