カメラの日々

この前新年のあいさつをしたばかりなのに、
ちょっとあったかくなったと思ったら、フライング気味に桜が咲きはじめ、
え、まだ3月じゃん、花見どうすんだ、いつ集まるんだ、と右往左往しているうちに
どんどん開花して、おかげで甥の小学校の卒業式には満開で、
それはそれでめでたくてよかったけれど、
4月になったらどんどん散り始めて、
花見が葉桜見になって、ふらふらと酔っているひまもなく、
新入社員も入ってくるし、
ダンジョンと化した渋谷の地下では、目的の出口も見つからないし、
もう東京に何十年もいるのに、新人のように右往左往して、
気がついたら中華街で飲茶をするはずが、森林公園でサイクリングをしているし、
爆弾低気圧は発達するわ、火消しは飛んでくるわ、半鐘は鳴るわ、
何が何やらなんだかあわただしい新学期なのであります。

 

このままだと5月には梅雨入りをし、7月にはお月見で、
11月にはサンタクロースがやってくるはずです。
どんどんスケジュール前倒し。
プレゼンしたばかりなのに、もう入稿?、え、下版?ってなもんです。

 

いやしかし。
今年は早咲きだったにも関わらず、いや早咲きだったからこそ、
かえって例年よりたくさんの桜が目にとまりました。
見とかなきゃ、という気持ちが強かったのかもしれません。
当たり前ですが、いわゆる名所に行かなくても、近所を散歩しているだけで、
思わぬ大木を発見したり、並木道に出会ったり。
ケータイやデジカメを取り出して写真を撮っているのも、年配の方が目にとまりました。
自分も含めてですが、
なんだかんだ年をとると桜のはかなさに我が身を重ねたくなるのかもしれません。

 

はじめて自分のカメラを買ってもらったのは小学6年生の時でした。
コンパクトカメラ、というジャンル(もちろんコンパクトデジカメではない)の
長方体のカメラ。
フィルムを買って装填して、撮影して、
また商店街のカメラ屋さんに持って行って現像を頼んで、何日かして取りに行くわけです。
うれしくて何でも撮っていたら、
父に「フィルムだって現像だって、お金がかかるんだから、よく考えて撮りなさい」と、
言われたこと。
絹目か光沢か選んだこと、
無料でくれるアルバムの柄を選ぶのに迷ったこと、
貯まったサービス券で折りたたみ傘をもらったこと、
あんまり関係ないけれど覚えています。
その後、自分が関わったカメラはポラロイドになり、デジカメになり、
もう別にケータイのカメラだけでいいんじゃない、になり、
あとは胃カメラぐらいでしょうか。健康第一です。

 

桜だったり、
東横線の渋谷駅だったり、小田急線の下北沢の踏切だったり、
阿佐ヶ谷住宅だったり、
銀座シネパトスだったり、新しくなった歌舞伎座だったり、
散りゆくもの、消えてゆくもの、そして反対に生まれたもの、
いつもよりいろいろとカメラに収めておきたい春だったかもしれません。
でもなぜでしょう、データの中の桜はあんまり綺麗じゃありませんでした。