後楽園でぼくと握手!(3/3)

【前回までのあらすじ】前回からだいず時間空いてしまったけんど、お届けしまず。大澤真幸にせっつかれながら『恋愛の不可能性について』を引用したわたし。しかし、その社会学論考をも骨抜きにする最近のマンガ『君に届け』。あのマンガでは恋愛は恋愛というより純愛っつーかもうね!ってなわけで、最終回。

 

わたしは、気がついたら
誰もいない部屋にひとりで立っていた。
あれ、椅子男性a.k.a大澤真幸は・・・?

 

もじゃっとした頭。
白いシャツに、ぴったりとしたブルージーンズ。
さっきまで不機嫌そうな顔で、
わたしが本を引用するのを聞いていた
椅子男性a.k.a大澤真幸。

 

もうそこには誰もいない。
椅子もない。

 

ああっ
最後なんかめちゃ態度悪くなかった!?
つーか読みかけなのに出てくるほうが悪くない!?
速読術あるわけじゃないからそんなに速く読めないよ!
だってあの本・・・超絶眠いしさ。

 

誰もいない四角い部屋。
わたしは、ふと思い立って、ほんの数秒前まで
椅子男性a.k.a大澤真幸がいたであろう
場所までゆっくり歩いた。

 

本が落ちていた。
『恋愛の不可能性について』大澤真幸著 ちくま学芸文庫。
カラーのふせんが貼ってある。
なんだわたしの本か。

 

ページをめくる。
カバーを外し、著者近影を見る。
静止画に戻った椅子男性a.k.a大澤真幸は、
もう椅子が超絶似合う椅子男性a.k.a大澤真幸ではなくなっていた。
この本の著者である大澤真幸の顔をしていた。

 

わたしはその、
著者近影をずいぶん長い間ながめていたと思う。
有名人に会うとこんなふうに違和感を感じたかなぁ。
昔、ジーコに会ったときも、
小学生のわたしから見てもジーコが痩せていて小柄で驚いた。
握手したのに目が泳いでいた気がする。
次に会ったのは蛭子能収だった。
蛭子さんのことをよくわからないまま握手をしてもらった。
握手してもらったのに、あんまりうれしくなかった。

 

握手の感覚で唯一、肌で覚えているのは、
オランダでお世話になった医師のシュミットだ。
シュミットは、『ザ・シンプソンズ』の登場人物のような外見だった。
美しいピーナッツ型の頭には、ぜったいに
天文学的な量の医学の知識や、患者のカルテや
今日や明日のオペのスケジュールやなんやかんやが、詰め込まれているはずだ。
彼は医師らしく理性的で、オランダ人らしく寛容だった。
すごく忙しそうだった。

 

別れ際、そんなシュミットと握手したとき
わたしは、脳天をかち割られるくらいの衝撃を受けた。

 

シュミットの手は、人の手と思えないほど
それこそ綿のようにふっくらとしていて、あたたかく、
それでいて驚くほど繊細だった。
天使と握手するとこんな感じなのかな。
シュミットはぎゅっと握るわけでもなく、
ただ、わたしを安心させるようにそっと、手で手を包んだ、という感じだった。
握手で感動したのは、あれが最初で最後だと思う。
わたしはシュミットの、人生を少しだけ感じた気がした。

 

きっと手は、その人がなにをどう扱ってきたのかを、
ダイレクトに相手に伝えてしまう。
シュミットがその手で触れてきたものは、
がさつなわたしなんかが扱ったら一瞬にして
壊れてしまうような、極めて繊細ななにかだったのだ。

 

ひととあまり握手をする機会はないけれど、
もっとみんな握手すべきだと思う。
自分と違う年齢、違う職業のひと。
母でも父でも、親戚のおじさんでも、近所のおじいちゃんでも。
きっと、すごくびっくりするはずだ。
その人がひとりで背負ってきたものが垣間見えるから。

 

後楽園でぼくと握手!というCMを子供のころ見たけど、
あの赤レンジャーと握手したら、
バイトで疲弊した青年の人生を感じられたのかもしれない。

 

椅子男性a.k.a大澤真幸と握手すればよかった。
そうしたら、もうちょっと話題も広がったのかもな。

 

わたしは、その場に寝転がった。
しんしんと冷えた床に、寝転んだ。
こんなに寒い部屋だったっけ、ここ。
本を読んでいるときはいつもそうだ。
いつもの世界は、まるで飛び出す絵本の背景のように後ろへしまわれて、
本を持つ手だけが、かろうじて自分の存在を思い出させる。
真っ白な床を、ごろごろ転がってみる。ごーろごろ。
自分の体温がなじんでいくまで、がゆっくり寒い。

 

わたしはもう、恋愛が可能でも不可能でもどっちでもいいような気がしていた。
どうでもいい、というのではなくて、
恋愛は恋愛というものの周辺にあるそれこそうんざりするような、
膨大な時間や、気遣いや、ケンカや、話し合いや、仲直りや、
あらゆることが自分の人生の何割かに直結していて、
それを抱えて生きていて、だからすごく現実だ。
だから「恋愛」を遠くから眺めるだけでは、不可能にしか見えない。
だって超絶たいへんそうに見えるし、実際、そうだ。
でも、眺めるんじゃなく、飛び込んで、大ケガするくらいが人生おもしろい。

 

つーか!うわっこの文章ブログっぽい!無駄に女子のブログっぽい!
ついでに言うと、『君に届け』は、もちろん、届いちゃうんだよ!
だってマンガだから! いいじゃないか!
『君に届け』で、その気持ち届きませんでした、は切なすぎるだろ!

 

そして結局、
『恋愛の不可能性について』を読み終えるのは、まだまだ先なのだった。