つーかそんな消去法的な感じなの!?   (2/3)

【前回までのあらすじ】
真ん中のドアを選んだわたしは、通勤電車内で眠りながら読んでいる本の作者、大澤真幸と出会う。突然あらわれた大澤真幸。椅子がすごく似合っていたので、椅子男性a.k.a大澤真幸とわたしは呼ぶ。そして、『恋愛の不可能性について』をめぐるちょっぴり異常な物語がはじまるのだった・・・

 

わたしは、向かい合っていた。手に汗にぎって。
椅子男性a.k.a大澤真幸と。
もじゃっとした頭。
白いシャツに、ぴったりとしたブルージーンズ。

 

―きっと、内容を全くわかってないと思ったので、出てきました

 

いや、わかるような気がする部分もあるんですよ。
グッとくる部分っていうかね。
難しい本だって、日本語なんだから。

 

―例えばそれはどこですか

 

不審そうな、小馬鹿にするような
なんとなく鼻につく感じの言い方で、
椅子男性a.k.a大澤真幸はわたしに聞いた。

 

えーとね、ちょっと待って。
わたしはなぜか自分のポケットを探した。
ない。そりゃそうだ。
わたしは文庫本をポケットに入れるなんて
無頼なことはしない。
あのう、今持ってないです。

 

―はいどうぞ

 

ああどうもすみません。
椅子男性a.k.a大澤真幸は、
わたしに『恋愛の不可能性について』を差し出した。
意外にやさしいじゃん。
カラーの細いふせんが貼ってある。
なんだよわたしの本じゃん。

 

―どこですか。そのグッとくる箇所は。早く引用してください

 

急かすなよ、椅子男性a.k.a大澤真幸。
わたしは自分で貼ったふせんをたどりながら、
そこより少し前にさかのぼったあたりから、
声に出して読み始めた。
こういう音読はとても久しぶりだ。

 

~『恋愛の不可能性について』からの引用①~
――サンドラとウォルターは、一緒に暮らしている。
ウォルターは、サンドラを愛していると言っているし、
愛にふさわしい行動も示している。しかし、にもかかわらず、
サンドラは不安をもち、ウォルターに問う、
「あなたは私を本当に愛しているのか?」と。――

 

サンドラは、何を懐疑しているのか?
ウォルターが、サンドラの美点(性質)を記述し、
それに対する彼の評価を表明することによって、
言わば「愛する理由」を列挙したとしても、サンドラは決して満足しない。
たとえば、サンドラが美しいこと、サンドラが聡明であること、
こういったことをウォルターがいくら強調しても、
サンドラは決して満足しないだろうし、それどころか怒ってしまうかもしれない。

 

サンドラが問うているのは、
ウォルターにとってサンドラが唯一的であるか、ということだ。
すなわち、ウォルターにとってサンドラが
他によって代替不可能で、かけがえのない者であるか、ということである。
たとえば、サンドラの美しさという理由は、
この問いに対しては、まったく的はずれである。
というのも、「美しい人」という一般的なカテゴリーの中で、
サンドラは決して唯一的・単一的なものとしては現れないからである。
実際、スージーだって、キャロルだって美しい。(P32)
~引用終わり~

 

―ふうん。そこですか。へえ

 

わ、悪いか。
だってハッとしたから。あるあるあるって思ったから。
わたし自身のことを言われているようで
まるでわたしがサンドラのようで、ドキマギしたから。

 

「どうしてその人が好きなの?」
よくある質問だ。
「やさしいから」「センスがいいところ」「顔」「趣味が合う」
いろんな答があるけど、どれもパッとしない。どれも違うような気がする。
「やさしい」「センス」「顔」「趣味」などの一般的なカテゴリーの中にあてはまるのは、
“その人”だけじゃない。A君も、Bさんも、ほかにも無数にいる。
「〇〇に勤めてる」から?
でも、〇〇に勤めてなかったらその人を好きじゃないとしたら、
それをわたしたちは、「本当に愛している」と感じるだろうか。
きっと「そんなの本当の愛じゃない」と言うだろう。
つまりわたしたちは、「やさしさ」や「センス」や「〇〇勤務」ということ以外のなにかによって、
“その人”を好きだというとき、「本当に愛している」と感じるのだ。

 

「ねねねね、わたしのどこが好きなの?」
「んー。綾瀬は〇るかみたいなところに決まってんジャンバラヤ」

 

一瞬いい気分にはなりかけるが、ちょっと待ってそうじゃないの!
そういうことじゃないの。
ちがうんだ、わたしが聞きたいのは。
なんていうか、そういうことじゃないのさ!

 

ドラマやマンガでよくある、
「オレが好きなのは・・・おまえなんだよっ・・・!」的な展開。
きっと世界的に胸キュンのはずのシーンを思い浮かべてみよう。
そこで、“オレ”は“おまえ”の好きな理由をいちいち挙げているだろうか?
そんなことない。
どんなドラマもマンガも、“オレ”にとって、“おまえ”が、
他によって代替不可能で、かけがえのない者であるということを、
それだけを伝えているはずだ。
とにかく好きなんだ、って言う。それだけで成立する。
むしろ、キムタクだったら、「ちょ 待てよ!」だけでいい。

 

最近だったらダントツ、『君に届け』ね。
例えばこんなシーン。

 

りゅうという男の子と、主人公のさわこがしゃべっている。
さわこは、りゅうが、幼なじみのちづるを好きなのだと聞かされる。
そこで、
いつから、どうして、とくべつってわかったのかとさわこが聞くと、
りゅうは、さわこにこう聞き返す。

 

「それって、理屈で答えねーとだめなの?」

 

ハイハイハイきたね、この感じ。
そう、りゅうはちづるを愛する理由を理屈では答えられない。
けれど、りゅうは、ちづるのことを「とくべつ」で「ほかと比べられねー」と口にする。
それも笑顔でな!!
どーすかこの感じ。きてるねやばいね。
「気づいたらもうずっととくべつだった」んだってYO!
きゃー!

 

ごめんなさい!生きててごめんなさい!
みんな!『君に届け』を買え!読め!そして泣け!

 

でも・・・それで有頂天になっちゃう
無邪気なティーンの時代はとっくに終わってるッス!

 

わたしの劇団ひとり一喜一憂を、
椅子男性a.k.a大澤真幸は
特別なんの興味もなさそうに、ぼんやりと見ていた。

 

―いいから、もう少し先を読んでください

 

~『恋愛の不可能性について』からの引用②~
つまり、ウォルターがサンドラを愛しているということは、
ウォルターの感情の原因として、
サンドラが唯一的に指定されうる、ということである。
しかし、ここには
奇妙な想定が伏在していることに気づくべきだ。
愛の対象としてのサンドラの唯一性が確認されるためには、
反事実的な仮定が必要となる。
たとえば、スージ-だったら、あるいはキャロルだったら、
私が愛する対象となりうるだろうか、と。
このような代替の可能性が排除されるとき、
愛の唯一性が示される。
しかし、代替についての仮定は、他なる選択肢を、
現実には排除されるとはいえ、可能性としてはありえたものとして、
確保することを要請するだろう。(P33)
~引用終わり~

 

「代替の可能性が排除されるとき、愛の唯一性が示される」って、
つまりこういうこと?

 

ぼくはAやBやCを愛することもできたけど愛していない。だから君だけが好きだ。

 

だから、の前がすごく嫌なんですけど。
つーかそんな消去法的な感じなの!?

 

ああそうか。わたしはなんとなく腑に落ちた。
ドラマやマンガは、現実に似ていて、現実じゃない。
せめて、愛の唯一性を信じさせてくれる場所であってほしい。
恋愛の可能性を。「君だけが好きだ」を。
そこで、ドラマやマンガは、考えた。
「ぼくはAやBやCを愛することもできたけど愛していない。」部分は、
ジャマなので、トルツメして、見せないことにしました。

 

そのトルツメが最も「今っぽく」すてきにうまくいっている物語。
それが、『君に届け』なんでぃ!てやんでぃ!
りゅうがちづるを好きだと、さわこに告げるあのシーンが
すばらしく、そしてまた驚異的なのは、
そのトルツメ作業を、超絶さわやかな青春にみごとに変身させているところだ。
りゅうのセリフをもう一度思い出そう。

 

「気づいたら、もうずっととくべつだったよ」

 

りゅうは、ちづる以外を愛することもできたけど愛していない、と言うかわりに、
ほかの子と比べられない、と言うだけだ。
比べられない、それは「ちづる以外」を想定することへの拒絶だ。
比べものにならない、じゃないの。それ比べてるから。比べられない、だ。
愛の唯一性を証明するためには、ほんとうは、
「ちづる以外のだれかを愛することができるか」という想定が、不可欠だ。
その上で、「ちづる以外のだれも愛することができない」=「ちづるだけがとくべつ」という
結果が導かれるのだから。
でも、りゅうはそんなのガン無視。そんなステップ踏む気なし。
さわやかな笑顔で少し照れながら、「とくべつ」って言うだけ。
でもいい!それでいいYO!
だれも、りゅうのちづるへの一途な愛、愛の唯一性を疑わないYO!
おそろしいマンガ!『君に届け』おそるべし!

 

『君に届け』内では、恋愛は不可能じゃないみたいっす。
ハマったんですねわたし・・・完全に。

 

―とにかく、ちゃんと最後まで読んでください。途中だけじゃ私の真意が伝わらない

 

なにが癇に障ったのか、
椅子男性a.k.a大澤真幸はそう言ったっきり、
ふん、とそっぽを向いて黙ってしまった。

 

しまった、りゅうじゃなくてかぜはやの話のほうがよかったのかな・・・。

 

最終回へつづく