“さっしー”あるいはあいまいな記憶の回

フォオオオゥッッッ!!!!(蘭寿とむさんのかけ声)

 

はい、華麗なるヅカオタのビューティーです!
昨日6/5のいいとも!テレフォンショッキングに
前花組トップスターの真飛聖さんが出演しましたってんだから
もうお祭り騒ぎです今もなお。ハハハ。ハハハハ。
いや~めっちゃ美人だった~ちょっとハスキーな声も☠ω&◎&▲#Ý☝$”~!!!!

 

さてここで無関係に多忙極まるヅカオタの遠征計画の一部をご紹介!

 

5月 梅田
6月 一回休み
7月 ムラ&梅田
8月 ムラ
9月 梅田&ムラ

 

とまぁ、後半3か月連続で遠征しそうな勢い(笑)
飛ぶ鳥を落とすような勢い。っていうか飛ぶ鳥も失神するくらいの勢い。
勢い余って自己破産しないように気をつけます❤

 

昔、小学校低学年のとき。
クラス内に「さっしー」というあだ名の一人の少女がいました。

 

小柄、というか体や顔のつくりがすべて小さくて、
繊細なアンティークのお人形のようだったさっしー。
フレームの細い眼鏡をかけていて、髪を三つ編みにしておさげにして、
着心地のよさそうな服を着ていました。
あまりにも着心地がよさそうだったので、わたしもそれ着たい!と思ったくらいです。

 

さっしーの眼鏡姿がわたしはとても好きでしたが、
眼鏡を外して、目を細めるときのなんとも言えないキュートな顔も最高でした。
ブログで私的な公開告白をしてすみません(照)

 

さっしーは、ある時期の分別のある早熟な女の子がそうであるように、
女の子というより、大人の女性のようなしゃべり方をしていました。
クラスメートの発言にツッコミをいれるときも「それはいいのか」だったし、
「わからないわ」とも言っていました。
また、相手を呼ぶときは必ず「○○君」「○○ちゃん」で、「あなた」も頻出しました。
ね、ソフィスティケートでインテリジェンスでしょ?

 

ある日、教室で経済の話になったとき、
小学生低学年で経済の話をするなんて、なんて高次元な小学校なんざましょ。おほほほほ。
さっしーが、「円高」と「円安」の違いを説明してくれたんです。
モノを買うときの例を使って、明快かつシンプルに。

 

その刹那、荒れ狂う大海を裂き行くべき道を示したモーセのように、
おさげの少女さっしーは、迷い子たちを導く大賢者サーシに変貌。
みんな、なにか神々しい奇跡を見るようなうっとり顔で説明を聞いていました。

サーシはこともなげに説明を終え、
また静かにもとの「さっしー」に戻っていきました。

 

わたしは、さっしーと小中高大と一緒でした。
え、ずっと一緒だったの?
ええ、ずっと一緒でした。

 

でもいちばん距離が近かったのは、小学生のときです。
高校で1年間同じクラスにもなりましたが、
わたしは部活で忙しく、心に潤いを欠いていたので
きちんと旧交をあたためることもできませんでした。
ああっあの頃のわたしばかっ!!!!

 

それでも小学生の頃の憧れと尊敬は根強くわたしのなかにあり、
あの小さな背中を見るたびに、
言いようのない懐かしさを感じていました。

 

さっしーは美術部の部長でした。
高校生の時、文化祭のポスターが公募されましたが、
2年連続でさっしーの画が選ばれた記憶があります。

 

文化祭で美術部の展示を見に行ったときのこと。
さっしーの画、とても大きかったね。(なぜかカタコト)

 

画角、というのでしょうかタテヨコが大きくて、
曼荼羅のように画面いっぱいに思想が鳴り響いていて、
わたしはびっくりしました。
同時に、あっけにとられました。
さっしーがどんな本を読み、どんな音楽を聴いているのかは知るよしもないけど、
どんなふうに世界を感じているか、
見ているこちらの心の準備ができる前に戸惑うくらい鮮明に伝えようとしている画。
強烈であざやかで色彩と主張にあふれた自我。

 

バベルの塔の画もあったんですが、その画はなんだかとても落ち着かなくて、
自分の中にある不安が増大していってしまうようで、長い時間見ていられませんでした。

 

高校生なんて自我の塊です。
わたしも部活の朝練のために始発の電車に乗って、
車内で『人間失格』を読んでダウナーに一日を始めるくらいの
女子高生失格な自我はもってました。
でも、それを表現したいとはあまり思わなかった。
まぁ画がへたっていうこともありますが。

部活でガス抜きができていたので、
それに激しい練習をやりながら
「このチームももはや斜陽か・・・」なんて考えていたら、
ボールを受け損なって突き指してアンパンマンの頭チェンジよろしく
ボールが顔面に当たって痛いだけです。

 

人づてに、高校を卒業したさっしーが
わたしと同じ大学の経済学部に行ったと聞きました。
「円高と円安の説明をしてくれた大賢者サーシ」が経済学部に・・・。

 

そして卒業後何年かして、さっしーに会う機会がありました。
彼女は身長はあまり変わらず外見は大人になり、
口調はあいかわらずでしたが、幾分やわらかくなり、
わたしがサルみたいに短髪だったのに髪を伸ばしていたので驚かれ、
コンタクトにしていました。

 

OH!!!!!!!!!!!!!!!!
眼鏡じゃないさっしー!!!!!!!!!!!!
新鮮!!!!!!!!!!

 

っていうね。
でも話すときにちょっと目を細めるクセは健在で、
なんだか嬉しかったです。

 

高校生の頃、
もっとたくさんのことに、たくさんの感情を持っていたような気がします。
それは「悲しい」「嬉しい」のように言葉にできるほどの明確さはなくて、
絡まりあった糸くずみたいに、ただそこでもどかしく混乱していた。

 

何から何まで気に入らなくて、授業もサボって、なにをするでもなく
外の階段に座っていたり、でも掃除だけはまじめにやってみたり、
意味もなく踊ってみたり。奇妙な退屈さと高揚感のある時間。

 

あの頃からずっと、これをだれかが
何台ものビデオカメラで全部撮ってくれていたらいいのに。
あとから見たら絶対おもしろいのにと思っていました。
でも、実際は見るに堪えないつまらない映像でしかないのかもしれません。

 

同じ空間を生きていたのに決して交わらない
個人的な記憶の波に揺られながら、、
わたしたちは就いている仕事や、旦那さんや、ほかの同級生の話をする。

 

さっしーとの距離は、縮まるでもなく、平行線のままで終わりました。

 

そして今終わりに近づいてようやく気づいたんですが、
わたしは、高校以前はさっしーを「ナホ」と呼んでいました。
高校時代周りの子たちがみんな「さっしー」呼びだったので、
わたしが「ナホ」と呼ぶと、は?という顔をされましたが、
「ナホ」呼びするのはわたしぐらいだったので、少し自慢でした。

 

でも、この文章を、
「さっしー」と自分も呼んでいたものとしてずっと書いてきました。
そのことに気づいて今、愕然としています。

 

わたしが「ナホ」と呼んでいた時間は過去には絶対に存在するのに。
今思い出さなければ、その時間は、置き去りのまま
誰の訪問もない冷え冷えとした美術館のように、閉ざされていたことでしょう。

 

円高と円安の説明をしてくれたのは、本当はさっしーではなく、「ナホ」なんです。
サーシではなく、「ナーホ」だったのです。

 

はっとして、外に出て、空を見上げて月を確認してみました。
月は厚い雲に隠れて一つも見えません。

 

わたしはいつの間にか、もう一つの世界に紛れ込んでしまったのかもしれない。
最近、体重の増加がとまらないのもこれで納得がいくわ・・・。

 

とりあえず、花組のDVD『復活/カノン』を観て、
気持ちを落ち着けようと思います。