かぶく回

夏です。暑いです。汗だくです。

 

私事で恐縮ですが、わたしは宝塚ファンです。(知ってるよっていうね)
宝塚が好きで、宝塚を愛してます。
その生粋の宝塚ファンのわたしが・・・遂に歌舞伎に!

 

明治座に、行ってまいりました。
いや、素晴らしかった。
歌舞伎、素晴らしかった。

 

今回非常によいお席で観させてもらったので、
んもう白目むきっぱなしでした。

 

宝塚の舞台は女性しかいません。
同じように、歌舞伎の舞台には男性しかいません。
宝塚では「男役」が、歌舞伎では「女形」が、それぞれ性を越境するわけですね。
その仕方が、こうも違うとは。驚きでした。

 

歌舞伎を観て強く印象に残ったことは、その力強さでした。
様式美に変換されているとはいえ、
舞台に、中村勘九郎が一人立つ、その時の圧倒的な雄々しさ。
ああ、受け継がれるとは、伝統とはこういう力なのかと思いました。

 

勘九郎の「見得」は重さで言えば1tくらいありそうな様式美でした。
それは、代々見得をきってきた歌舞伎役者の、
そしてこれからも見得をきりつづけるであろう歌舞伎役者の、
「技」の歴史、その集積を見ているようでした。
勘九郎は父親の見得をずっと見ていたのだろうなと。

 

歌舞伎はすべてが様式美です。
すべて型があり、型のままです。でも型のなかで役者が燃えている。
わたしは『実盛物語』を勘九郎で観ましたが、
勘九郎の実盛は、若鷹のように強く美しかったです。

そして、七之助。
よく、男が演じる女形は女より女らしく見えると言われます。
わたしは女形を生まれて初めて、生で観ました。

 

七之助の女形は、とにかく、妖しかった。
そして、闇がありました。

 

近づくとその真っ黒な腕がにゅうっと伸びてきてつかまれてしまいそうな。
女性らしかった、とか女そのもののようだった、とはあまり思いませんでした。
それよりも、「恐ろしい」と思いました。

 

宝塚の男役は、夢の世界からやってくる王子様のようですが、
歌舞伎の女形は、闇の世界からひらひらと飛んでくる蝶のようです。

 

闇を飛びまわる蝶。
七之助に漂う闇の雰囲気は、正体のつかめない感じはいったい何なのだろうと、
ずっと考えていました。

 

七之助の女形は、とても冷え冷えとしたものを持っていると思いました。
それが、異様なまでに妖しい翳りとなって、劇場の空気を冷やすのです。

 

宝塚の男役を「男にしか見えない」と形容するのが、
わたしはあまり好きではありません。言い得ていないような気がするのです。

 

男役は、女性が思う「理想の男の姿」を演じている。
だから、それはいつまでもリアルにならない架空の概念なのです。

 

そんな男は現実にはいない。
精神分析で言えば「対象a」です。
対象aは、見えていても追いつくことのできない、逃げていく一点。
いつまでも手に入らないからこそ、その対象が欲望を駆り立てるわけです。

 

歌舞伎の女形も、「女にしか見えない」わけではない。
女形は、女という概念が濃密に凝縮された存在です。

 

確かに艶めかしく、美しく、色気がある。
でもその七之助の身体を、その核を見定めようとしても、できないのです。
飛び回る蝶は常に姿を変えていて、いつまでも焦点が合わないのです。

 

歌舞伎の圧倒的な強さ、ますらおぶり。
伝統、格式、芸、すべてにおいて強靭でした。

 

そして、宝塚の男役、娘役という存在が、
いかに儚いものであるかを、思い知りました。

 

お花畑。
揶揄を含めてよく宝塚はそう表現されますが、その通りだと思います。

 

歌舞伎はまったくお花畑ではない。
歌舞伎ほど強固な芸術もないだろうと思いました。

 

基本的には、歌舞伎の女形は引き算で、宝塚の男役は足し算のような気がします。
でも、七之助が自分からただ男性性を引いただけでは、魅力的な女形にはならない。
そこに強さが必要になる。性を転換する強さ。
男でも女でもない、現実世界にまったく存在しない女形を、
0の存在を、そこに成立させる強さ。
かぶく強さ。

 

宝塚の男役も同じです。
わたしの好きな男役さんは花組トップスターの蘭寿とむさんですが、
彼女が自分に男性性を足しても、観客を求心できる華々しい男役にはならない。
そこで、そう、魔法の粉ですね(違います)

 

ここでも、重力に逆らって逆立ちで生活するような、
流れる滝を逆流して上昇しようとするような、大きな力の転換が必要です。

 

反逆と言ってもいい力。
世界を納得させるだけの、跳躍。

 

その、肉体が概念へ命がけで飛躍する姿を、わたしはやはりまぶしいと思うわけです。
涙がとまらないわけです。
並大抵の努力ではできないことでしょう。

 

歌舞伎を観たことで、宝塚への愛もまた深まりました。
そして、歌舞伎は絶対に観るべきものだと思いました。

 

ではみなさん、夏は歌舞伎座でお会いしましょう。